虐待の根本原因は、社会のプレッシャー

―― 虐待の根本原因は、親自身の経済状態や属性ではなく、社会のプレッシャーということでしょうか。なぜ、そんな風に追い込まれていくのでしょうか。いくらプレッシャーを感じても、子どもを虐待する心理を理解するのは難しいです。

鈴木 児童福祉行政の仕事は、虐待の通告を受けて家庭訪問し、支援や介入を開始するという事後的な対応だけではありません。悩みを一緒に考えていくことや福祉的・経済的・教育的・保健医療的な関わりを持っていく、またはそういう支援をつないでいき、虐待に至らないように個々の子どもや家庭に必要な支援を継続的に提供していくのも大事な仕事です。

 そのため、私が働いていた自治体では、0~3歳のお子さんに向けた屋内遊び場などを併設した相談室もいくつか設置していました。そこで小さな子どもを持つお母さんたちの話を聞いていると、みんな、ものすごく不安を抱えていることが分かるのです。

―― 確かに、私も子育てを始めたばかりのときは、何も分からず不安でしたが、それは虐待につながるほどのものなのでしょうか。

鈴木 はい。吐き出す場がないと「不安」や「焦り」は大きくなります。自分の子が他の子と比べて発達が遅いのではないか、寝返りやはいはいをなかなか始めないが何か補助しなくてよいのか、夜泣きを何度もするが大丈夫だろうか、おむつを早く外す練習をすべきではないか、人見知りが激しく外に連れ出しにくいが自分に原因があるのだろうか、などなど、他の子の状態や発達段階を知らないと不安になり、また逆に他の子を見ては不安になる。そういうことって誰にでもあったのではないでしょうか?

 元気に動き回って遊んでいるお子さんを見て「この子は多動ではないか」とか「他の子のおもちゃを取ってしまったり、すぐ他の子に譲ってあげなかったりすることがあるので、そういう場合は強く叱らないとわがままに育ってしまうのではないか」と心配しているお母さんも少なくありません。相談できる人がいれば何ということはなく解消される悩みでも、一人で悶々とため込んでいると、感情は肥大化して溢れ出てしまいます。

 こうした状況になってしまう背景には、「子どもを立派に育てるのは母親の責任」というジェンダー規範の問題が根強くあり、誰でも簡単に追い込まれてしまう可能性があります。