本屋大賞受賞作『一瞬の風になれ』や2017年山本周五郎賞『明るい夜に出かけて』受賞など、活躍が続く作家・佐藤多佳子さん。一人のお嬢さんを育てる働くママでもある佐藤多佳子さんに、このたび、「本との出合い」「作家としてのキャリア」「一女を育てる働く母」などについて伺うインタビューを実施。文学をこよなく愛する“少女”が、名作家になるまでをお話しいただきました。その様子を、前・中・後編でお送りします。前編の今回は、佐藤さんの作家生活の礎となった、中1の夏休みに、ご自身にとっての「創作の原点」と振り返る作品との出合いについての、印象的なエピソードから始まります。子どもたちが夏休みに入る直前の今、ぜひお読みください。

【作家・佐藤多佳子インタビュー「作家であること。母であること」】
第1回 作家・佐藤多佳子「運命の1冊に出合った中1の夏」 ←今回はココ
第2回 作家・佐藤多佳子「執筆活動も、子どもが最優先」
第3回 中学受験は後悔の嵐 親が間違っていることは多い

入学した青学中等部の図書室は、「夢のような光景」だった

日経DUAL編集部(以下、――) 文学好きな佐藤さんにとって、とても大事な作家の一人が、スウェーデンの児童文学作家・アストリッド・リンドグレーンだと伺いました。

佐藤多佳子さん(以下、佐藤) 小学校の低学年ごろに、学校の図書室で『やかまし村シリーズ』に出合って、借りて読んだのが始まり。すぐに手元にその本が欲しくなって親にねだって買ってもらい、暗記するぐらいまで何度も繰り返し読みました。『長くつ下のピッピ』ももちろん読みましたが、あのときに、リンドグレーンという作者の名前をどれぐらい意識していたかは分かりません。子どものころは、あまり作者名で本を選びませんから。好きな作家の作品をはっきり意識して読み始めたのは、中学に入ってからだという記憶があります。

 というのも、入学した青学(青山学院中等部)の図書室が、とても素晴らしかったんです。小学校時代の図書室は割と厳(いか)めしい感じの雰囲気だったんですね。それと比べると、中学の図書室は明るくて、大きなテーブルがあって、海外の児童文学の名著がそろっていて、「いつまでもここにいたい」と感じるような空間でした。

―― スウェーデンと日本の国交樹立150周年を記念して、7月末から東京富士美術館で「長くつ下のピッピの世界展」も開催されるそうです。

佐藤 それはぜひ行かなければ。我々の世代は、ちょうど思春期に入るころに、優れた外国の翻訳児童文学が日本に入ってきて、“読書”という点から見て恵まれていて、作家や編集の方で、やはり外国の翻訳児童文学の読書経験を土台にして育ってきた方々がたくさんいるんです。それまでは、翻訳書はそれほど日本に入ってきていませんでしたし、その後、逆に最近は、小説も児童書も、海外の作品の出版がどんどん減ってきていると感じます。翻訳ものは好き嫌いが分かれて、「“知らない国”の“知らない生活”に違和感を覚える」という子どもも結構いるんですね。ネットが普及してる現在、映像はYouTubeなどで子どももどんどん共有しますが、本の文字だけの海外の情報は意外と受け入れにくいみたいです。

「私にとっての大事な作家の一人・リンドグレーンの作品に出合ったのは、小学校の低学年ごろ。きっかけは学校の図書室でした」(佐藤多佳子さん)