赤坂ファミリークリニックの院長 伊藤明子(いとうみつこ)さんは、学生時代から続けてきた同時通訳・会議通訳の仕事をしながら、40歳で医学部合格、現在は小児科医としてクリニックを開院しています。医学部入学後は、小2と小4のお子さんを育てながら同時通訳者としても働き、医学の勉強を続けてきた伊藤さんですが、そもそも40歳から医師を志したきっかけとはどのようなものだったのでしょうか? 年齢を理由に諦めない、迷いなきキャリアアディションの舞台裏をご紹介します。

最初から医師になることを目指していたわけではなかった

40歳で医学部に合格した、伊藤明子(みつこ)さん
40歳で医学部に合格した、伊藤明子(みつこ)さん

日経DUAL編集部(以下、――) 伊藤さんはもともと同時通訳者として、国賓の同時通訳もされてきたと聞いています。40歳で医師を目指すことにしたのには、どんなきっかけがあったのでしょうか?

伊藤明子さん(以下、伊藤) 私の場合、医師になりたいから医学部を受験したというよりは、医学の知識を身につけ、合法的に診断治療ができる医師免許を取得したいという思いがあったんです。医学部受験は、そのために欠かせない手段だったんですね。

―― 手段というのはどういう意味ですか?

伊藤 私の父の実家が禅寺なのですが、その昔、お寺や神社では、地域の人たちの健康管理のお手伝いをする役割を担っていました。ヨーロッパの中世の教会が薬草を研究していたこととも通じますが、今でも、お寺で精進料理を出したり、座禅会でストレス管理をしたりなどの活動もその一貫です。

 また、私は9歳から5年ほどイギリスで暮らしていました。イギリスではアロマセラピーやナチュロパシー(自然療法)といった、自然のものを健康管理に用いることが日常的に行われていて、例えば薬草や食べ物で心身を治していくというアプローチにも触れてきたんですね。

 ただ、健康関連分野にはいろいろな名前の資格の職業がありますが、その中には、しっかりとしたエビデンスがないものも少なくありません。ちゃんと勉強をして、きちんと診断と治療をして役に立ちたいと思うと、医師になるしかなかったんです。

―― すでに同時通訳という一つの分野で確固たる地位を築いていたのに、一から学び直して医師となった。なかなかできることではないですよね。

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  • 「僕の腕で注射の練習をしてもいいよ」と言ってくれた息子
  • 1歳から子どもに料理を教えていたから、自炊の心配はなかった
  • 医学部卒業後は、公衆衛生を学びに大学院へ進学

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