創立100周年の翌年、1992年から大規模な学校改革に取り組んできた海城中学高等学校。すでに人気進学校として確固たる地位を築いているが、生徒たちをさらに大きく成長させるために、多彩な新たな取り組みもスタートしている。同校がめざす「学校改革の新たな展開」とはどのようなものなのか。校長特別補佐の中田大成先生に話を伺った。

校長特別補佐 中田 大成 先生
校長特別補佐 中田 大成 先生

生徒の共感能力、主体性、ストレス耐性の低下に危機感を抱く

──これまで積極的に学校改革を進めてこられた要因と背景からお聞かせください。

中田 改革の発端は、志望大学に合格して燃え尽きてしまい、留年する卒業生が見られたことでした。進路実現のその先の未来につながる「新しい学力」「新しい人間力」を育成することが重要だと感じたのです。

 とくに深刻だったのが、コミュニケーション力の低下です。異学年との交流が苦手で、校外学習でも外部の一般の方々に話しかけられると尻込みしてしまいます。そこで、チームで与えられた課題解決に取り組む「プロジェクト・アドベンチャー」や、チームで芝居を創作して演じる「ドラマ・エデュケーション」などを導入しました。

 人間関係の構築や、協働する心の涵養に一定の成果をあげられたと自負していますが、ここにきて、生徒たちにさらなる変質が生じています。最も顕著なのが、社会性の基本となる共感能力の低下です。また、塾で受け身の学習に慣れ切ってしまい、主体的に行動できない生徒も増えています。保護者がすべての障害を取り除いてしまうため、ストレス耐性も低下しています。少しでもノイジーなものがあると、心が折れて、極端な場合は不登校になってしまうのです。そうした状況を受けて、これまでの改革の経験とノウハウを生かしつつ、新たな学校改革の展開を図ることにしました。

プロジェクト・アドベンチャーに取り組むことでコミュニケーション能力やコラボレーション能力を養う
プロジェクト・アドベンチャーに取り組むことでコミュニケーション能力やコラボレーション能力を養う

文部科学省と経済産業省が、ポスト2020の教育改革を提言

──新たな学校改革の方向性を教えてください。

中田 2020年に大学入試の大規模な改革が実施され、学習指導要領も改訂されます。本校の新たな改革は、その先を見通したものです。奇しくも2018年6月、2つの省庁から、ポスト2020の教育改革ビジョンが公表されました。それらと比較、参照することで、本校の改革の方向性を示したいと思います。

 文部科学省から発表されたのは「政策ビジョンSociety5.0に向けた人材育成」です。Society5.0とは、1.0(狩猟社会)、2.0(農耕社会)、3.0(工業社会)、4.0(情報社会)に続く、新たな社会をめざすもので、第5期科学技術基本計画において、日本がめざすべき未来社会の姿として提唱されました。コンピュータを通じて、人やモノ、その他のあらゆるものがつながる社会であり、「超スマート社会」と訳されています。それに対応できる人材を育成するために、文部科学省では、ICTを活用した「個別最適化」と、文系と理系を融合、越境させる「脱文理分割」を、新たな教育のコンセプトに掲げています。

 経済産業省の「『未来の教室』とEdtech研究会第1次提言」では、エデュケーション・テクノロジーによる「アダプティブラーニング(一人ひとりに適合した学び=個別最適化)」、およびSTEM(科学、技術、工学、数学)に、芸術や人文科学などのアート(A)を加えたSTEAM教育としての探求学習の推進を表明しています。

 両省の主張を読み込んでみると、かなり共通した部分が多く、なおかつ「新たな学力」をどのように高めていくのかという方向性も見えてきます。まず、新たな学力の3要素のうち、第一要素に当たる「知識・技能(低次認知的能力)」は、AIやビッグデータ技術の進歩によってもたらされるEdtechにより、個別最適化した形で効率よく習得できるようにする。第二要素の「思考力・判断力・表現力(高次認知的能力)」は、文理融合のSTEAM教育による探求学習の中で高める。そして、探求学習を通して、学力の第三要素である「主体性、多様性、協働性、人間性(非認知的能力)」も高める工夫が凝らせるようになるといった構想だと考えられます。

Edtechにより個別最適化した形で「知識・技能」を効率よく習得させる

──両省の提言を受けて、海城ではどのような新たな改革が進行するのでしょうか。

中田 経済産業省では、約200校で「未来の教室」実証事業を推進しています。2018年11月に行われた中間報告会で注目を集めたのが、千代田区立麹町中学校のQubenaという教材ソフトを用いた数学の授業です。各自の到達度に応じて問題を解くのですが、大きな特徴は、以前学んだ単元の知識が不足しているためにつまずいた場合は、その単元に立ち戻って問題演習できることです。分からない部分を確実に消化しながら前に進めるわけです。どうしても分かる生徒と分からない生徒が出てしまう一斉授業の弱点を補えるスタイルです。教室風景も大幅に変わり、教員は問題を解いている生徒の間を巡回しながら、必要に応じてサポートし、ファシリテートする形になっています。同校によると、中・下位の生徒にとくに効果的で、通常なら160時間必要な授業を28時間で終えることができたそうです。今年2月、高校版の教材ソフトも登場しましたから、今後、こうしたEdtechによる個別最適化が加速することは確実です。

 本校でも、「知識・技能」の習得に関しては、Edtechの調査と導入のための準備を積極的に推進します。2016年にICT教育部を設置し、全クラスに電子白板を設置し、ネット接続を可能にするなど、そのための環境も整えられています。今後もEdtechに対するリサーチと受け入れ準備に力を入れていきたいと考えています。「知識・技能」の習得をある程度、テクノロジーに委ねることによって、教員の負担は軽減されます。その分、より充実した探求学習の場を設定して、「思考力・判断力・表現力」を高めたいと考えています。