思春期の若者の揺れる心などを描き、幅広い年代の読者層を持つ作家の辻村深月さん。学校に行けず閉じこもっていた中学1年生の主人公・こころを中心に、不登校の子どもたちを描いた『かがみの孤城』(ポプラ社)は舞台化、マンガ化もされています。

小・中学校における理由別長期欠席者数では、不登校は約18万人(文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査(2020年)」)に上ります。 辻村さんは「不登校の子は逃げた子ではなく、学校に行かないという勇気を持てた子」と話します。辻村さんが不登校の子どもに光を当てた理由や、学校に対する考え方について聞きました。

不登校の子は「休む勇気を持てた子」

xwoman DUAL(以下、――) 『かがみの孤城』は不登校の子どもたちが主人公です。

辻村深月さん(以下、敬称略) 不登校になる子は決して特別な子ではないと私は思います。学校に通えている子の中にも、「行きたくないな」という気持ちを抱えつつ、1日1日を積み重ねながら何とか通えている、という子がたくさんいると思う。むしろそういう子が大半なんじゃないかと思うんです。不登校の子も、学校に通っている子も、「学校に行きたくないな」という気持ちは多かれ少なかれ抱えていて、大きな違いはないと思います。

 最近は「学校で嫌なことがあったら逃げてもいいよ、休んでもいいよ」という考えが広まっています。でも、一度学校に行かなくなると、教室に戻るには相当の勇気が要ります。だから、そこで「学校に行きたくない」と思っていても、無理して登校するんですよね。逆に、不登校の子は「学校から逃げた子」ではなくて、「休む勇気を持てた子たち」だと思っています

 私自身、学校でうまくやれたタイプではなくて、休む勇気を持てないまま10代を過ごしてきました。デビューからこれまで10代の子どもを主人公とした小説をたくさん書いてきましたが、その多くが学校を舞台にした「教室小説」だったんです。学校が決して好きではなかったのに、これほどまでに学校が自分の書く物語の中心になるのはなぜだろう?と考えていました。『かがみの孤城』では直接学校のことは書かないけれど、不登校という選択をする子どもたちを書くことで、「学校とは何か」をより掘り下げて書くことができるのではないかと考えたのです。

―― 主人公・こころの部屋の鏡が不思議な世界とつながり、似た境遇の仲間との出会いがありますね。

辻村 学校に行かない選択をする一方で、学校に行けば得られたであろう大切な友達との出会いや学びの時間が奪われてしまったのであれば、それはあまりにももったいないし、もっと言うなら悔しい。「不登校の子どもたち同士を出会わせることはできないか」という発想で、鏡を通して「城」とつながり、不登校の子どもたち同士が出会う設定が生まれました。

辻村深月さん
辻村深月さん

次ページから読める内容

  • 学校に「大きな忘れ物」をしている感覚
  • 書いていて自分が「大人」になったことに気づいた

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