いま多くの小学校では、がんをテーマに健康や命の大切さについて主体的に学ぶ授業が始まっています(※)。そもそも私たち大人はがんの原因やリスク、最近の治療法、そして実際にかかるおカネについて理解できているでしょうか。がんを克服したママであり、第一線での活躍が続く人気ファイナンシャルプランナー(FP)・黒田尚子さんに、体験から得た教訓をシェアしてもらいました。
※文部科学省「がん教育の実施状況調査の結果について」によると平成30年度、全国の小学校では56.3%でがんについての授業を実施。

◇「親のがんと子ども」スペシャル◇
 ――3回連続でお届けします――

第1回 「ママのがん」について調べた13歳のメッセージ

第2回 がんサバイバーFPが語る「治療と娘とおカネのこと」←★今回はココ

第3回 がん保険解体新書「家族と保険のベストバランス」

40歳での衝撃告知「乳がん、5年生存率50%」

 ファイナンシャル・プランナーの黒田尚子さんは、40歳で乳がんの告知を受けました。子育てを楽しみつつ精力的に仕事をこなしてきただけに健康には自信があり、「なぜ私が?」と頭が真っ白になったそうです。当時、ひとり娘は5歳。それから10年余り。現在は“がんサバイバー”としてがんの啓蒙活動や、がん患者のサポートにも邁進する黒田さんに、ご自身の体験や、“まさかのときの備え”について伺いました。

現在、がん患者のアドバイザーとしても広く活動する黒田さん。「罹患当初、自分はがんについて、実は何も分かってないと気付かされた」と回想する
現在、がん患者のアドバイザーとしても広く活動する黒田さん。「罹患当初、自分はがんについて、実は何も分かってないと気付かされた」と回想する

――黒田さんが、がん罹患を知るまでの経緯を教えてください。

黒田さん 2009年の夏、自治体のがん健診で初めてマンモグラフィ―(*)を受け、異常が見付かりました。当時、私は実母の面倒を見るため、夫を千葉の自宅に残し娘と富山の実家に戻っていました。地元のクリニックで詳しい検査を受け、12月初めに浸潤性乳管がん(乳がん)の確定診断を受けました。

――その時、娘さんは5歳だったと伺いました。

黒田さん はい。やはり、最初に考えたのは娘のことでした。医師に「5年生存率は50%です」とも言われて、すぐに「5歳に5年を足したら10歳」と、こんな足し算が頭の中を巡り始めて……。茫然自失状態で医師の言葉が頭に入って来ない一方、娘にすぐ料理を教えなきゃですとか、娘と世界一周旅行に行きたいなど、妙に具体的なことばかり考えていました。

――ご主人の反応はいかがでしたか?

黒田さん ひどく自分を責めていました。「進行の程度からみて、10年前の結婚当初には既にがんはあったはず。しかし気付いてやれなかった」と。後で知るのですが、がん患者の子どもやパートナー、親などは自分を責めるケースが多いんです。子どもは「自分が悪い子だったから」と考えたり。

片や私の母の第一声は「お母さん、これからどうすればいいの?」でした。頼りないのですが、70代の母にしてみれば、自分の先行きが不安で仕方がなかったのでしょう。私は治療のために娘と千葉の自宅に戻ることになるのですが、母の今後のことも並行して考えねばと思いました。