行き場のない不安が11歳の心に広がり始める

彩楓さん 時間が経つにつれて、私はだんだん不安な気持ちになり始めました。この先どうなるのだろう。もし母がいなくなったときに自分はやっていけるのかなと想像したりするようになったんです。母に質問したいのですが、母こそ病気になって気も滅入っているだろうからと聞きづらく、モヤモヤしていたのを覚えています。

 自分や家族の罹患について話しづらい。がんはそういう病名だと、いつの間にか子どもも、そして大人も思い込んでいる場合は多い。

がんに詳しくなると気持ちが楽になる

彩楓さん  あるとき母に誘われ、病院で開かれる親ががんの子どものためのクライム(CLIMB)という、勉強したり遊んだりするイベントに参加しました。そこには私と年の近い子どもたちが参加していたし、母以外にもたくさんのがん患者さんはいることにも気づきました。がんの基礎知識を看護師さんに詳しく教わって、実際の手術室や外来化学治療室などを見学する病院探検もしました。

この日に、不安な気持ちが少し和らぎました。家以外にも私が気持ちを聞いてもらえたり相談できる場所があることも知って、気が楽になったんです。


母・由紀さんと参加した病院探検にて。左は「ダヴィンチ」のデモ機。勉強会ではがんの基礎から先端の治療技術まで幅広く情報を知ることができたという
母・由紀さんと参加した病院探検にて。左は「ダヴィンチ」のデモ機。勉強会ではがんの基礎から先端の治療技術まで幅広く情報を知ることができたという

 以降、由紀さんは、緩和ケア(*)の医師主宰の会やがんカフェなどにも彩楓さんを誘って二人一緒に参加するようになる。このようなネットワークは、由紀さんが治療を続ける中で徐々につながり、自身が励まされることも多かった。がんであることを彩楓さんに打ち明ける時期や方法についても医師や各会のメンバーたちから貴重なアドバイスがもらえたという。

彩楓さん もちろん、母ががんにならなければよかったと思います。でも誰だっていつ病気になるか分からないし、なったとしてもそれは誰のせいでもない。がんになってもならなくても、悩んでばかりでは仕方がない。お医者さんや大勢のがん患者さんと会ってお話しているうちに、そう思うようになりました。

私が会えた患者さんたちはみんな普通で元気だったし、「時間の大切さが分かったのはがんのおかげなんだ」と笑顔の人もいました。

 「がんになったら死ぬ」「がんだなんて可哀そう」……悪意はないものの、誤解からがん患者やその家族との距離をつくってしまう言動や考えは世の中にあふれている。「がんの本当の姿について皆に知らせなきゃ」と彩楓さんは思い始める。


夏休みの自由研究テーマは「がん」にしよう


 上の写真は6年生の彩楓さんの夏休みの自由研究。テーマは「がんについて」。得意なまんがやイラストも随所にまじえ、がんのメカニズムや種類、予防や治療方法、がん患者の気持ち、自分たちができることなどを調べ、A3サイズで30ページにまとめた大作だ。情報は、本やまんが、インターネットで集め、施設やイベント、がん患者さんもたくさん取材できたという。

小6夏の自由研究「がんについて」。多くの人にがんについて知ってほしかったので「読んでもらえるように」レイアウトも工夫した
小6夏の自由研究「がんについて」。多くの人にがんについて知ってほしかったので「読んでもらえるように」レイアウトも工夫した

彩楓さん がんで亡くなる人もいますが治る人もいます。医師の方などから、思い切り笑っているとNK細胞は活性化するし、がん治療中は副作用で毛が抜けたりするけれどまた生えてくることなどを聞きました。正確に調べて、まんがなどを使って分かりやすくまとめれば、今よりたくさんの人ががんについて正しい情報を知ってくれると思いながら、レポートを作りました。

がんの母との接し方に苦心し、自分で見つけた答えを、次は学校の仲間に伝える
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 翌年の夏には中学校の自由研究で、再びスケッチブック2冊にまとめた研究レポート「がんについて」を制作。これからがんについて学ぶ人、そしてがんに罹患している人、両者への気配りがゆき届いた情報満載のがん入門書に仕上がり、学校代表として市の作品展に出品され表彰を受けた。

 彩楓さんが、親のがん体験をつづった作文は北海道の高校で「いのちの授業」に使われた。クライムのワークショップ体験を紹介する手描きまんがは由紀さんの通院先のホームページに掲載され、緩和ケアの学会、日本家族療法学会でも発表された。20歳以下限定のがんカフェ「どあらっこ」(*)の勉強会に最近はスタッフとしても参加し、人前で自分のがんについての考えを話す機会もある。ママのことが大好きな女の子は、ママのがんを契機にどんどんと頼もしくなってきたようだ。

中学生最初の夏の自由研究も「がんについて」。理解が深まり「緩和ケア」「がん教育」などテーマはより広く深くなった
中学生最初の夏の自由研究も「がんについて」。理解が深まり「緩和ケア」「がん教育」などテーマはより広く深くなった

知ることは大事。大人もうんと勉強してほしい

 文部科学省は現在、がんについての学習をとおして、がんの予防、早期発見、そして健康や命の大切さについて学ぶ「がん教育の推進」を実施している。ピアサポート(*)や専門家を招いてのがんの授業をスタートしている小中学校も多い。患者が身近にいる場合にも、もし自分が罹患した場合にも役立つ重要な取り組みといえそうだ。

 13歳の彩楓さんは自らの体験から、がん教育の必要性を実感している。「がんの勉強では少し怖い話にも触れる場合があるので、6年生くらいから始まるといいのでは」と考えている。

彩楓さん 昔学んだことが頭の片隅に残っていたら、将来、もし大切な人や自分ががんになったときにも必要以上に焦ったり、インターネットの怪しい情報に左右されたりすることが減らせると思います。

 同時に、大人たちにこそがんについてより深く正確に勉強してほしいと訴える。

彩楓さん 学校で授業をするなら、私は、教える先生たちへのがん教育を絶対に先にしてほしいです。がんという病気やがんの周りで起きていることを理解しないで授業をしてしまい、誤ったことや考え方を伝えることになっては大変だからです。がん教育をするかしないかより、絶対にいい内容の授業だけをすることを守ってほしいです。