禁煙すると精子の状態は確実に改善

 活性酸素が増える因子としては、加齢のほか、喫煙、ストレス、食品添加物、紫外線、激しすぎる運動などの生活習慣があります

 中でも、真っ先に見直したいのが“喫煙”です。活性酸素の大量発生を誘発する喫煙は、精子にさまざまなダメージを与えることが多くの研究で明らかになっています。5865人の参加者を対象とした20の論文を解析した研究では、喫煙しない男性と比べて喫煙する男性の精液量は平均0.12ml、精子濃度は平均892万/ml、運動率は平均3.48%、正常形態率は平均1.37%低下することが報告されています。(※2)「電子たばこや加熱式たばこも精子に害を及ぼす一酸化酸素やホルムアルデヒドなどの有害物質を含んでいるので、従来のたばこと同じように精子の状態が悪くなることが考えられます」と岩端さんは指摘します。

※2 Eur Urol. 2016 Oct;70(4):635-645.

 喫煙は、男性不妊症の人にとってはさらにダメージを加速させる要因になります。成人男性の約10~20%に認められ、男性不妊症の原因の約30~40%を占める“精索静脈瘤”。これは精巣の静脈の弁が壊れて血液が逆流し、血管が広がってコブのようになった状態のことで、人によっては陰嚢部の重圧感や不快感などの自覚症状があるといいます。超音波(エコー)検査で広がった血管や逆流する血液を確認して診断します。

 同センターでは、精索静脈瘤がある男性不妊患者40人を喫煙する群と喫煙しない群に分けて精子の状態を比較したところ、DNA損傷率は喫煙群の方が平均4.2%も高いことがわかりました。精子濃度や運動率についても同様に喫煙群の方が悪い傾向になりました。

「精巣は熱に弱いので温めない方がいいのですが、精索静脈瘤があると血行循環が悪くなり、停滞した血液のために精巣内の温度は上昇します。さらに血流の悪化は代謝産物の排出も遅らせるため、精巣内では活性酸素が増え、低酸素状態にもなります。こうした状況では当然、精巣の造精機能が低下し、精子の質も悪くなります。そこに追い打ちをかけるように喫煙すればひとたまりもなく、正常な精子は育ちにくいはずです」と岩端さんは警告します。

 「禁煙すると精子の状態は確実によくなるため、最終的には卒煙することが理想です」と岩端さんはいいます。同センターの調査によると禁煙の継続期間が長い方が精子のDNA損傷率が改善する傾向にあることがわかっています。「喫煙がどうしてもやめられない人には、禁煙外来を受診してもらうほか、一時的に電子たばこに切り替えるなど段階的に禁煙を進めていきます。また、当センターでは禁煙を始めてから2カ月後に精子検査を実施しており、まずは2カ月を目標に取り組んでもらいます。短期間の禁煙でも精子の運動率が改善していることが多く、これが患者さんのその後の“禁煙モチベーション”のアップにつながっています」(岩端さん)。

飲酒で顔が赤くなる人は精子がダメージを受けやすい

 もう一つ、気を付けたいのは“過度な飲酒”です。こちらは、アルコールを摂取することで、精液検査のさまざまな数値が悪化したとの研究が複数あります。15の論文を分析した研究では、飲酒の習慣がない男性に比べて飲酒する習慣がある男性は精液量が平均0.25ml、精子の正常形態率が平均1.87%低下し、特に毎日飲酒するグループでは正常形態率がきわめて悪くなったと報告しています。(※3)。

※3 Reprod Biomed Online. 2017 Jan;34(1):38-47

「悪影響の原因は、アルコールが代謝される過程で産生される有害物質のアセトアルデヒドです。さらに、この物質が肝臓で代謝される際には大量の活性酸素が産生されます。これらの物質は体内のさまざまな細胞を攻撃しますが、先に述べたように精子の細胞は弱いので、特にダメージを受けやすいのです」と岩端さんは説明します。

 中でも、お酒を飲んでいるとき顔がずっと赤い人は、アセトアルデヒドを分解するアルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)の活性が生まれつき弱い、もしくは欠けているため、毎日飲酒するとアセトアルデヒドを分解しきれなくなります(二日酔いの状態がこれにあたります)。その結果、大量のアセトアルデヒドや活性酸素が体内に長時間留まり、精巣や精子の細胞を攻撃し続けるのです。

「アセトアルデヒドをしっかり分解できるように、飲酒は適量を心がけましょう。量が少なくても毎日飲むと、アセトアルデヒドは分解しきれないことが分かっているので、連日の飲酒は避けるのがおすすめ。また、アルコールの分解には水が必要なので、飲酒の際は水を一緒に飲むことも大切です。お酒好きの人が禁酒をするとストレスがたまり、精子所見が悪化するなど逆効果のことがあるので、その必要はありませんが、飲酒はほどほどに」(岩端さん)。

飲酒の適量
飲酒の適量は、1日平均純アルコール20g程度。飲酒後に顔が赤くなる男性、女性や高齢者はこれより飲酒量を少なくすべき。各種のお酒に換算すると
●ビール中ビン1本
●日本酒1合
●焼酎0.6合
●チュウハイ(7%)350ml缶1本
●ウィスキーダブル1杯(60ml)
●ワイン180ml

データ/厚生労働省「健康日本21/飲酒のガイドライン」より

 加齢による精子の老化は避けられないものの、女性の卵子と違って、常に新しい精子を作り続けられる男性の場合は、自分で取り組めることがより多いといえます。造精機能のコンディションを上げるために、未来のパパはまず禁煙と節酒から取り組んでみては?

(文/渡辺千鶴、イラスト/平 拓哉、企画・編集/日経BP総研 ヘルシー・マザリング・プロジェクト 黒住紗織)

この人に聞きました
岩端威之さん
岩端威之獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンター。獨協医科大学医学部卒業。泌尿器科専門医、医学博士。静岡県で産婦人科(岩端医院)を営む開業医の家庭で育つが、男性不妊症治療の大家である岡田 弘 獨協医科大学埼玉医療センター泌尿器科主任教授・同センター病院長との出会いをきっかけに泌尿器科医の道へ。現在、獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンター男性部門および岩端医院で男性不妊症の診療に取り組む。

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