食べ物は命。器は命と命が出会う場所

 食事がすっかり終わり、器を拭き清めた時点で、初めに柿沼和尚が器について話してくれたことが、心によみがえってきました。

 「私たちが食べる物は植物も動物も、すべて元はそれぞれの命。それは何億年も前から続いてきた命であり、宇宙の一部です。その命を、体の中に取り入れて、私の命となる。仏教の言葉ですが、私たちの体の外に広がる世界・宇宙を『金剛界』と呼び、体の内側の世界を『胎蔵界』と呼びます。金剛界と胎蔵界が出会うのが食事です。食事のときに使う器は、体の外側の宇宙と体の内側にある宇宙が出会う場所なのです」(柿沼和尚)

器の凛とした美しさに、自然と私たちの背筋が伸びる

 命と命が出会う場所だからこそ、その器を用いて丁寧に命と対峙して食べること、そして器を拭き清めて大切に扱うことが、自分自身を大切にする。料理を作ってくれた人を大切に思うことにつながるということなのだ。筆者は改めてそう感じました。

 命に感謝して食べることができれば、100円ショップで買える器でもいいのかもしれません。価格の問題ではなく、たとえ安価な器であっても、愛着があってずっと大切にしている器であればいいのでしょう

 でも、「いつでも手に入る、替えが利くもの」では、ものを大切に扱う心は育たないかもしれません。愛着は買ってきたらすぐに湧いてくるものではなく、時間をかけて育むものだからです。思い出がある記念の品だったり、大切な人から譲り受けたという由来があることでも生まれるでしょう。いずれにしても、丁寧に扱いたくなったり、大切にしたくなる気持ちが湧く器こそが、使う人を育ててくれるのです。

 このワークショップを通じて、筆者は自分の体を育てていく食べ物となる命と自分の命とが出会う場所=器を大切に丁寧に扱うことこそが、食育の原点だと実感しました。漆器は丁寧に扱うほどに、扱う人の個性を受けてつやが増し、色も明るくなります。長く使った後、さらに塗りなおして、孫子の世代まで受け継ぐことができる器です。それはまさに命と命が出会うにふさわしい場所なのです。

(取材・文/関川香織 撮影/関川真佐夫)