「オムツ替えで初めて手に子どものウンチがついたときのことは、今でも忘れませんよ。衝撃過ぎて。頭の中が真っ白になって、走り出しそうでした(笑)。もちろんちゃんとその後替えたけど。それまで、すごい潔癖症だったんです。人の使ったものとか絶対触りたくなかったくらいだったのに、子どものおかげでだいぶ鍛えられ、今では潔癖症も治りましたよ」

 ゆったりとした優しいまなざしで、相手の話をじっくり受け入れるように聞き、ゆっくりと言葉を選んで返す。そんな穏やかな雰囲気を持つ谷山タロウさん(仮名)は、小学校の教師をしながら、障害を持ち車椅子生活をおくる7歳の娘を、同じく教師の妻と共に育てています。

 パパたちはどのように家庭のことを分担しているのでしょうか。この連載では、育児に積極的なパパを取り上げ、紹介します。

今回の革命パパ

谷山タロウさん(仮名) 40代。教師。重度の障害を持つ7歳の娘のパパ。朝は着替えや食事の介助をし、帰りも交代でお迎えに行き、家事&育児をシェアする。子どもが生まれるまではかなりの潔癖症だったが、子どもが生まれて「鍛えられた」と笑う。

子どものおかげで夫婦が戦友になり、絆が深まった

日経DUAL編集部(以下、――) ご夫婦での普段の送迎や育児・家事分担を教えてください。

谷山さん(以下、敬称略) 娘は、今小学校2年生になりました。生まれつき重度の障害があり体を少しゆったり倒せるような車椅子で普段は生活をしています。夫婦ともに教師をしているため、娘は学校の放課後にはデイサービスでお世話になり、職場の行事などで私たちが遅くなるときはどちらかの親がお迎えなどを手伝ってくれています。

 娘が小学校に入学する前に、療育やデイサービスに通いやすい場所に引っ越しをしました。夫婦で話し合い、二人とも働いているからこそ、時間と距離など詰められるところは無理をしないでできるように相談した結果でした

 今はデイサービスがあり助かっていますが、小学校に入るまでは大変でした。産後3年間は妻が育休をフルに使って子どもを見ていましたが、子どもの介護をしなくてはいけないのでとても負担が多かったようです。普通の保育園に預けられないので、その後も療育センターに通っていましたが、半日などで終わってしまいます。私たちの両親が交代で午後は家で見てくれていました。重度の障害を持った親御さんで共働きを続けている方は少ないように思いますが、周囲の助けがなければ本当に難しいですね

―― ご家族の協力が不可欠ですね。

谷山 そうですね。でも、そのおかげで家族の結束も強まりました。

 子どもが不自由だからこそ、夫婦が戦友になりました。妻とも、子どもが生まれる前のほうがよくケンカをしましたが、今は一緒に頑張らないといけないことが増え、協力しようという気持ちになっています。それに育休を3年も取って、娘を見てきた妻だからこそ、私より子どもの将来への不安や心配も強い気がします。私は「なるようになっていくだろう」と楽観的なのですが、それで二人のバランスも取れていいのかもしれません。もちろん将来についてはいつも悩んでしまいますが、考えても答えは出ないんです。お互いのつらいところばかりぶつけると決裂してしまうので、妻には感謝の気持ちを持ちつつ、私のできることをやれる限り分担しています。