1年間の育休を取っているのも「越境」のひとつ

 今、島根県では19校で「しまね留学」を実施しています。島根県の魅力は、自然が豊富なこと、人が温かいこと。一方、抱えている問題は、人口減少、経済不況と山のようにあります。岩本さんがこの土地に目を向けたのは、地域全体を学校と捉えれば、社会課題の解決を考えるのに絶好の教材に溢れていると確信したからです。

 ちょうどその日、会場には「しまね留学」をしている高校3年生の男の子が、セミナーに参加していました。聞くと、ためていた小遣い4万円をはたいて、長距離バスで0泊3日かけて東京にやって来たといいます。

 「しまね留学」を決めた理由を尋ねると、「自分のやりたいことができると思ったから」と答えます。能美健生くん(18歳)は愛知県の出身。小学校6年生のときに、和歌山県の山の中で子どもたちの自主性を伸ばす教育を行っている私立の学校へ転校します。その学校もとても魅力的でしたが、自分が興味のある自然環境についてもっと学びたいと、いくつかの他県の学校を見学し、最終的に島根県の高校に留学することにしました。その後、林業に興味を持ち、卒業後は県内の大学に進むそうです。

 「僕の両親は、僕が興味を持つことをいつも応援してくれました。『しまね留学』は僕自身が決めたことですが、小学生のころからたくさんの選択肢があることを教えてくれた両親に感謝しています」(能美くん)

 「『越境学習』というと、ものすごく勇気がいることのように感じるかもしれませんが、『越境』に距離は関係ありません。今いる『自分の境界』から片足を一歩前に出すことも越境だし、地方や海外へ飛び出すことも越境です。片足を一歩前に出して、あれ?なんか違うなと思えば、元の場所に戻ってもいいし、踏ん張ってもいい。でも、自分の安心・安全ゾーンから越えることで、学ぶことは多いと思います」(岩本さん)

 「学生時代に、国際教育支援NGOを立ち上げ、波に乗っていた時期もあったけれど、結局、僕は仕事がうまくいかなくて、自分が作った会社を人に譲ることになりました。だから、僕の人生は挫折だらけで、今、僕は二人のように熱く教育を語れないけれど、学びは勉強だけじゃないと思うのです。事業に失敗した僕は、その後、ビジネスの基本を学ぶために一般企業に就職をしました。それも、僕にとっては越境です。また、今、僕は1年間の育休を取っているのですが、それも越境だと思っています」(税所さん)

 例えば、首都圏に暮らしていたら、中学受験を考えるのは自然な流れ。地方なら今も公立進学しか選択肢がない。そう思い込んでいる親御さんは少なくありません。でも、少し顔を上げてみたら、そこには無数の選択肢があるのです。

 今暮らす地域を越え、地方へ、海外へ! これからの未来の教育に国境線はありません。もし、あるとすれば、それは自分が作ってしまっているから。まずは、今自分が思い込んでいる枠を取り外してみませんか?

この記事の関連URL
しまね留学 https://shimane-ryugaku.jp/
地域みらい留学 https://c-mirai.jp/httpsl

岩本 悠(いわもと・ゆう)
島根県教育魅力化特命官
学生時代にアジア・アフリカ20カ国の地域開発の現場を巡り、その体験学習記『流学日記』(文芸社/幻冬舎)を出版。2007年より海士町で隠岐島前高校を中心とする人づくりによるまちづくりを実践。2015年から島根県教育庁と島根県地域振興部を兼務し、教育による地域創生に従事。共著に『未来を変えた島の学校‐隠岐島前発ふるさと再興への挑戦』(岩波書店)。
清水章弘(しみず・あきひろ)
プラスティー教育研究所 代表
海城中学高等学校、東京大学教育学部を経て、同大学院教育学研究科修士課程修了。新しい教育手法・学習法を考案し、20歳で起業。「勉強のやり方」を教える学習塾を経営し、自らも探究型の授業をする傍ら、各現場に根付いた教育改革を行っている。『現役東大生がこっそりやっている、頭がよくなる勉強法』(PHP研究所)ほか。
税所篤快(さいしょ・あつよし)
国際教育支援NGO(e-Education)創業者
2009年大学在学中にバングラデシュに渡り、同国初の映像授業(e-Education)をスタートさせ、5年連続で貧困地域の高校生を国内最高峰ダッカ大学に入学させる。2014年世界銀行本部イノベーションコンペティション最優秀賞を受賞するなど、教育分野でのNGO活動に邁進。現在は一般企業の会社員として勤務、1年間の育休中。著書に『前へ!前へ!前へ!』(木楽舎)ほか。

(取材・撮影・文/石渡真由美)