母娘二人旅で、自立した大人への目覚めを

 学校生活に意味を見いだせず、投げやりな時間を過ごす長女。そんな中学生の彼女を、大平さんは母娘二人の韓国旅行に誘います。

 「みんな忙しくて家族旅行はご無沙汰だったんですが、娘と二人なら行けるかなって。長女は二人目の子どもなので、これまで母親を独占して二人きりでずっと過ごすということもなかったし、気分転換になればと思ったんです」

 その際、大平さんが提案したのは、お互いが責任を持ち合う旅にしようということ。日程のプランは半分ずつ決めて、長女が希望した古着屋巡りの旅は、行き先や交通手段、予算管理も含めてすべて本人にお任せです。

 「お母さんと子ども、ではなくて、初めて娘を自立した一人の人間、旅の相棒として接することにしたんですが、それがすごくよかった。自分でちゃんと調べて、分からないことは現地の人に聞いたりして。娘がどうしても行きたいという店は、分かりにくい場所にあったのですが、なんとかたどり着けた時は、私も心から感動しちゃって。『本当にすごいね!』と褒めてあげられました。私だったら途中であきらめちゃったかもしれない。彼女にとっても、すごく大きな自信になったと思います」

 この韓国旅行が、ひとつの転機になって、長女の中で何かが変化していきます。同時に母と娘の関係性も少しずつ変わっていったと、大平さんは振り返ります。長女は中学からエスカレーター式に高校に進学すると、それまでの無気力な生活から一転、厳しい部活として知られるダンス部に入部。そこで、部活の顧問の先生とも信頼関係が生まれ、次第に笑顔で学校に通うようになりました。その後、将来は表現の道に進みたいと芸術系の大学に進学し、今は演劇に打ち込む毎日を送っています。

「家庭」を人生の軸に選択した夫の決心

 長女が学校のことで悩んでいたとき、母親である大平さんは話をとことん聞く役。一方、夫は、毎朝、車で長女を学校へ送り届けるようになります。「思春期の娘の悩みにどう接したらいいのか分からなくて、夫もお手上げだったと思います。娘のために自分にできるのは、車で送ってあげることくらいだと思っていたのではないでしょうか」

 子どもたちが小さいときから、積極的に育児に参加してきた夫。今のようにイクメンが当たり前といわれるずっと前の時代に、夫婦二人三脚で子育てをしてきました。でも、そこには夫が「家族や子育てを優先する」と決心するできごとがあったのです。

 長男がまだ1歳だった頃のことです。映画のロケで1カ月地方に滞在していた夫に、大平さんが「もう無理、いますぐ帰ってきて」とすごい剣幕で電話しました。

 「一人で家事育児と仕事を回すのが限界でした。家で仕事の電話をしているときに、息子が大泣きしだして。私はギャーギャー泣いている息子を30分もほったらかして、お風呂場にこもって仕事の電話をしていたんです。私、何をやっているんだろう、こんな子育てしてちゃダメだって。自分に嫌気がさして、『一人では抱えきれない』と全てを投げ出したくなりました」

 離婚さえ持ち出すほどパニック状態の大平さん。電話の向こうでは、「現場を抜けるなんて絶対にできない」と困惑するばかりの夫。しかし、夫は翌日、自宅に戻ってきてくれたのです。

 「古い考え方が残る映画業界で、現場を抜けるなんてあり得ないこと。夫にとっては本当に大きな決断だったはずですが、家族のために戻ってきてくれた。その気持ちは、すごくうれしかったですね」

 それ以来、夫は、子どもが小さい間は地方滞在となるロケの仕事は受けないと決め、「家族が最優先」という生き方を選択。もちろん、大平さんも泊まりの仕事は受けないというのが、夫婦の約束ごとになりました。子育てを人生の中心に置くと決めたことで、夫婦の信頼関係も深まっていったと言います。