期待値が高いほどイラつきが増幅する

—— 子育て中のママから「私って、こんなにイライラしたりギスギスしたりしてる人じゃなかったのに」とか、「出産前はもっと穏やかでハッピーな毎日を過ごしていたような気がする」といった声もよく聞きます。怒らないようにしようと思っていても、どうしても感情の波があって、つい怒ってしまうようです。

武田 その理由にはいくつもの層があって、まず、母親と息子という関係で言えば、そもそも性が違うから子どもの行動が理解できないというのがあります。逆に息子は男の子だから、お母さんの行動が全く理解できない。何で怒られているのかさえ、分からない。だから、男の子は怒られてもケロっとしているので、それを見たお母さんはイラっとしてしまうという構図ですよね。だから、男の子は反省ゼロで、怒られても全く聞いてないということの繰り返しになりやすい。

—— 親が子どもに対して怒らないようにするには、どうすればいいのでしょうか?

武田 なぜ、怒るのか。その理由をもう一度まとめると、まず第1に親と子の距離があまりにも近いということ。それと同時に、近ければ近いほど、期待値も大きくなってしまうということですよね。「こうなってほしい」という願いだとか、「こうするべき」「こうするだろう」などなど……。さらに、「あれだけ怒ったんだから、さすがに今日は片付けてくれるだろう」とか。そういった期待が裏切られるたびに、悲しさや悔しさ、寂しさといったネガティブな感情が怒りに変わる。

 親の気持ちとしては、もともとは子どもに対する熱い思いというか純粋な愛情しかなかったはずなのに、いつの間にかそれが期待に変わってしまう。すると、期待通りにいかないぶんだけ親はイラついてしまいます。しかも、期待値が高ければ高いほど、それを手放すことができずにイラつきが増幅してしまう。

 これは理論上の話ですが、“期待を捨てる”ことができれば、怒らなくて済むんですよ。期待しない親は、子どもに対して怒りようがないですから。

—— 確かに、期待してしまうぶんだけ、イラッとしてしまうというのはあると思います。

武田 例えば、日本国内でどこかのお店に入れば、店員さんはちゃんと対応してくれるという高い期待値があります。だから、ちょっと対応が遅れたり態度が悪かったりすると、それだけでイラッとして怒ってしまうものです。しかし、海外だとムチャクチャな対応をする店員なんてたくさんいますからね(笑)。最初は怒ってしまうけれど、1カ月もするとそれが当たり前のこととして捉えられるようになると、怒らなくなります。

 結局、怒りのメカニズムの重要なファクターとしてあるのは、期待でしょう。だから、子どもに対する期待を捨てることができさえすれば、理論上は怒ることはなくなる。じゃあ、どうやって捨てるのかというのは、また難しい問題。特にお母さんの場合は、子どもとの距離が近いぶん、期待を捨て去ることが難しい。

—— 確かに、わが子に対する期待を捨て去ろうと思っても、やはり難しいですね。

「無農薬で育てよう」みたいな感覚で

武田 次男が3歳のとき、靴下をなかなかはけない場面の動画をSNSにアップしたことがあったんですよ。「いいんだよ〜! はけなくたって!!」って言いながらね。靴下がはけなくたって、かわいい! という意味で公開した動画でしたが、その動画を見たお母さんから「涙が止まりません!」といったコメントが書き込まれました。何だろうと続きを読むと、「同じ3歳の息子が靴下を自分ではけないので、毎日キレていました。一から子育てやり直します!」ということだったようです(笑)。

 僕からすると、全くその発想はなかったのでビックリしましたが、そのお母さんは靴下を自分ではけるようになってほしいと強く期待していたわけです。「3歳にもなれば靴下をはけるべきだ」という、強迫観念にも似た期待。でも、そんな期待はしなくていいと思うんですよ。だって、靴下がはけない40歳なんていないじゃないですか(笑)。よほどのことがない限り、遅かれ早かれ、絶対にいつかはけるようになる。何をそんなに焦って靴下をはかせたいとか、トイレに1人で行かせたいとか、オムツを外したいなどと思うんだろう? と僕は思ってしまうんです。

 おっぱいも気にしないでじゃんじゃん飲ませていれば、いつか勝手に卒乳するじゃないですか。成人してもおっぱい飲んでいる人なんていないし、その前にお母さんのおっぱいが出なくなりますからね(笑)。オムツだっていつかは外れます。

 焦って、成長ホルモン剤や農薬をどんどん投与するような栽培方法で急かすように育てる必要なんてないと思います。そうではなく、もっと「無農薬で育てよう」みたいな感覚でいるのがいいのではないでしょうか。じっくりといい土を作るようにゆったり構えてわが子と接しているだけで、過度な期待をすることもなくなり、怒ることなく子育てが楽しくできるようになるのではないかと思います。

(取材・文/國尾一樹、写真/小野さやか、iStock)

武田双雲
武田双雲書道家。1975年熊本県生まれ。3歳より書家である母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。東京理科大学理工学部卒業後、NTT東日本入社。営業職として約3年間の勤務を経て、書道家として独立。音楽家や彫刻家などのアーティストとのコラボレーションや個展など、独自の創作活動が話題となる。大河ドラマ「天地人」をはじめ、スパコン「京」、世界遺産「平泉」など数多くの題字やロゴも手がける。また、世界中からオファーを受け、パフォーマンス書道や書道ワークショップも開催。海外に向けて日本文化の発信を続けている。日テレ『世界一受けたい授業』など、様々なメディアに出演し、講演会やイベント出演も多数。『ポジティブの教科書』『「子どもといること」がもっと楽しくなる 怒らない子育て』など、著書多数。二男一女のパパ。