今だから分かる。仕事だけ頑張ってもしょうがない

幡野 仕事だけ頑張ってもしょうがないですよね。僕は元からそういう考え方の持ち主で、だからフリーランスでやっているというのもあるのですが。共働きで長時間働く人もいっぱいいるじゃないですか。病気になったときに会社は面倒を見てくれませんよ。会社にどんな手当があろうと最後に面倒を見るのは家族。朝から晩までずっと働いていて、家庭も子どもも顧みずの旦那さんがあるときガンになって、仕事を辞めざるを得なくなったら、妻は夫を快く看病できるか、といったら看病できないでしょう。健康だったときの人間関係の問題が、誰かが病気になると如実に表れるものなので。

 僕がお会いした60代のガン患者の男性の話なのですが、緊急搬送された翌日、会社の方がお見舞いにいらっしゃいました。そして、一言、「仕事を辞めてくれ」と言われたそうです。本人も頭が真っ白になっていたんでしょうね、「分かりました」と受け入れたそうです。ガン患者ってそもそも「自分の存在が不必要」と思いがちなので、「会社に迷惑は掛けられない」と思ったのかもしれません。病気を理由に辞めると失業手当はもらえないんです。失業手当は仕事を探す人がもらう手当ですから、闘病中の人は仕事は探せないですよね。

 しかも、その方が住んでいたのは社宅で、「来月から家賃が発生する」と言われていました。収入が途絶えて、家賃が発生して、高い治療費を払わなくてはいけない――。よくよく聞いていると、その方は離婚経験者で、家庭を顧みずにきてしまっていたんでしょうね。元気なうちは会社に身をささげたのに、ガンになったら「辞めてくれ」ですからね。でも、僕が経営者でもそうしたかもしれません。実際、僕はガンになって以後、クライアントは僕ではない健康なカメラマンと仕事をするようになっているわけですから。「そりゃ、 そうだよね」って思いますもん。だから、仕事を頑張るより、家庭を頑張ったほうがいい。 収入を得なくてはいけませんから、仕事も大切ですよ。でも、それって大前提として、自分の家族や家庭を保つためですよね。家族のために働くのに、家族を犠牲にしていたら本末転倒ですよね。

―― 幡野さんは健康だったときも、ご家族を大切にされていたんですね。

幡野 そうですね。だから、妻もこんなに熱心に看病してくれると思うんです。僕が「こうしたい」と言ったことは全部やってくれますし。「俺、明日から一人でベトナムに行きたいんだけど」とか言っても行かせてくれますからね。

―― わがままですね(笑)。

幡野 わがままですよ(笑)。ガン患者じゃなくても、それは多分NG出されるところですよね。でも、「ああ、いいよ。行ってらっしゃい」って。それは健康なときにどれだけ信頼関係を築いていたかが出ているわけであって、多分健康なときに妻や子どもをないがしろにしていたらこうはなっていないわけですよ。だから健康なときほどちゃんとしておかないと。病気になってからじゃ遅いですよ。僕は、常に妻に対しても言葉にして思いを伝えていました。「僕は絶対に君にとって不利になるようなことはしないよ」「経済的にも社会的にも君に不利益になることはしないよ」と。

―― 夫婦といえど、本心を伝えられていないケースって結構多いでしょうね。時間がない、照れくさいとかいう理由で。

* 次回は「家族だからこそ、言葉で思いを伝えることが大事」ということから伺っていきます。

(取材・文/日経DUAL編集部 小田舞子、撮影/稲垣純也)

幡野広志
写真家・狩猟家
氏名(しめい) 1983年、東京生まれ。2004年、日本写真芸術専門学校中退。2010年、広告写真家の高崎勉氏に師事。「海上遺跡」Nikon Juna21 受賞。2011年、独立、結婚。2012年、エプソンフォトグランプリ入賞。狩猟免許取得。2016年、息子誕生。2017年、多発性骨髄腫を発病。2018年9月、『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』を出版