青年団を主宰し、世界的に活躍する劇作家・演出家の平田オリザさんは、大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐など様々な場所、形で教育活動に携わっています。
 学校選びや学ぶ環境について、あるいは親の心構えなど、今の子どもたちが20年後、生き抜くための力を身につけるために必要な「教育」について、平田オリザさんと考えていく連載。前回は東京では普通に子どもを育てられなくなっている現状、そして都立高校の変化に、注目しました。
 今回は、習い事にまつわる「教育虐待」についてや、これから必要とされる「就職する力より、転職する力」そして「逃げられる力」について考えていきます。

「しなければならない」と思い込む習い事

 東京の都市部で子育て中のお母さん方の話を聞くと、このところの子育て支援策など公的支援によって、2人目、3人目の子どもを出産しやすくなってきているといいます。ただし、あくまでもそれは「基本的な教育」についてのこと。皆さん「習い事の費用が大変」と口をそろえます。

 習い事はあくまでも各家庭の判断によって取捨選択されるものですから、公的支援の対象外。つまり子どもの人数分、確実に費用が必要になるわけです。

 習い事をしなければいいじゃないかという考え方もありますが、ただこれがまた「強迫観念」が働くところで、「せめてスイミングは習わせないと」などと、「せめて~しなければ」の気持ちで子どもに習い事をさせているケースが多いんです。さらに英語の教科化やプログラミング教育の必修化などの教育改革のあおりを受け、「英語は早くからやらせたほうがいいのではないか」「プログラミング教室に通わせておいたほうが有利なのではないか」と、親が「しなければならない」と思い込んでしまう習い事が増えている

 こうした状況が、親が子どもに対し、行き過ぎた教育やしつけを行う「教育虐待」にもつながってしまうのではないかと思います。

 教育虐待は、2011年12月に「日本子ども虐待防止学会」において、武蔵大学の武田信子教授が「子どもの受忍限度を超えて勉強させるのは教育虐待になる」と発表したことがきっかけで、広まってきました。「教育をめぐるマルトリートメント(不適切な関わり)」の一つとして表現されたものですが、「教育によって(他者)より良い人生を」という考えは、親御さんの中に少なからずある思いです。

 その根底には、今の社会が二極化し、格差社会になったことによる“下に落ちてしまう”ことへの恐れや、受験でも就職でも上へ上へと競争に勝ち続けなければならないという、すごく大きな強迫観念があるのだと思います。