中学や高校での授業をはじめ、私たちはこれまで相当な時間を英語学習に費やしてきました。それなのに、なぜ英語を使いこなすことができないのかーー。この問題を乗り越えるには、「言葉を身に付けるうえで、理にかなったプロセスとは一体何なのか」を考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 仕事と子育てで日々忙しい中での英語学習であればなおさら、「回り道」を避けることは重要なポイントです。そこで今回は、第二言語習得(SLA=Second Language Acquisition)を長年研究しているアメリカ・ケースウエスタンリザーブ大学の白井恭弘教授に、「合理的な言語習得のために取るべき行動」について話を聞きました。

【忙しい人限定! 本気のオトナ英語特集】
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第5回 編集部員が敢行 外国人ワーママに英語インタビュー

日本人が「L」と「R」の発音を区別できない理由

 「言語を習得する」ということを考えたときに、母語と第二言語では「内的な部分と外的な部分で大きな違いがある」と白井先生は話します。

 「外的な部分というのは、簡単に言えば動機付けや環境です。母語の場合、子どもは言葉が通じなければ、生存さえ脅かされるし、社会的にも受け入れてもらえません。つまり、生きていくためには言語を習得せざるを得ない。非常に動機付けが強いわけです。一方、第二言語、特に大人の第二言語習得は、言ってみれば『プラスアルファ』のことでしかない。切実さという意味では非常に弱いのです

 内的な部分は、私たちがよく耳にする「ネーティブと同じレベルに英語を使いこなすには、子どものうちに始める必要がある」という話です。

 「『臨界期仮説』といって、ある時期を過ぎると、一般的にはネーティブと同じレベルの言語習得が不可能になります。その限界についてはよく12、3歳といわれていますが、定説はありません。なぜそういうことになるかというと、母語を習得するときに使った脳の構造が出来上がってしまった後では、それを完全に変えることができないというのが有力な説明として挙げられています」

 例えば日本人が苦手なことで世界的にも有名な「L」と「R」の発音の違い。長く外国にいる日本人でもなかなか使い分けられず、逆に長くいればいるほど、できなくなるという研究まであるのだとか。原因は、日本語には「L」と「R」の区別はなく、「らりるれろ」という一つの音素になってしまうから。一旦日本語を習得すると、「LとRの区別は要らない」ということを脳が覚えてしまうのだそうです。

 「区別をしていたら、日本語を処理するときにかえって効率が悪くなります。効率の悪いことは捨てていくのが脳の仕組みですからね。逆に英語話者が日本語を習得するときは、『おばさん』と『おばあさん』の発音の違いなどに苦戦します。英語では短母音と長母音というのは、意味には関係ないからです」

大切なのは、ネーティブらしさよりも「通じること」

 「こうしたことは文法にも言えて、英語学習においては、日本語にはない三単現のs、複数形のsなど、動詞や名詞の後につく文法項目が日本人にはものすごく難しい。これもテストではできるようになっても、実際に音声で聞き取ったり、話すときに言ったりするとなると、どうしても100%はマスターできません。英語話者にとってはある物事(名詞)が『一つなのか、一つ以上なのか』はすごく重要な区別ですが、日本語では文法的にあまり関係がないので、日本人はなかなか使えるようにならないんです。

 いわゆるバイリンガルの人たちというのは、脳の中に2つの言語の構造を同時に作り上げてしまっているんですね。片方がもう片方の上にのっかるのではなく、並列にある。もちろん両者に重なる部分はありますが、基本的には別のシステムになっているので、英語でも日本語でもきれいな発音で話すことができます」

 大人になってから本格的に英語を習得しようと思っても、臨界期はとっくに過ぎているし、ネーティブ並みに話すのは無理。しかしながら、悲観する必要は全くないと白井先生は話します。

 「100%は無理でも、90%とか、95%くらい行けばいいんじゃないか。そういう態度を取ればいいのです。実際、最近ではビジネスの場でもノンネーティブと接することのほうが多いですよね。中国や韓国とか、他のアジアの国々とか。もちろん『正しい英語』を志向するのはよいことですが、ネーティブらしさよりも、通じることのほうがずっと大事です

 では、私たち大人がこれから英語の習得を目指すときに、第二言語習得の観点から重要なこととは何なのでしょうか。

<次のページからの内容>
● 英語の構造を「使える能力」として頭の中に入れる
● インプット実践のポイントは「理解できる内容」を「大量に」
● 通勤電車でのシャドーイングは声に出さなくても効果あり
● アウトプットを意識することで、聞く際の注意の向け方が変わる
● 「外国語習得に向いていない人」や「できない人」はいない