連日、新しい人に出会い、刺激にあふれるニュースの現場に立ち、多忙な日々を送っていた政治記者の生活が、ある日を境に一変しました。主夫業も多忙ではありますが、質がまったく異なります。家族のことをそれほど考えず、仕事にまい進していた自分と、常に家族のことを考え、慣れない料理や子育てに四苦八苦する自分。いずれも私なのですが、渡米してからしばらくの間、同一視することができませんでした

 まるで、別人になってしまった感覚。変身願望を持って、なりたくてなったというよりは、妻の海外赴任という自分ではどうにもならない不可抗力によって、別人になることを余儀なくされたという感じでしょうか。散々悩み抜いた揚げ句、心の整合性を付け、自らを納得させたはずでした。

 ところが、心の奥底に沈殿し、ふとしたときに姿を現すものがあります。「自分は何をしているのか」「これから何をしたいのか」「そして、今後どこへ向かっていくのか」。こうしたモヤモヤは、振りほどこうと思っても、簡単には消えてくれません。働いていない自分は何も生み出していないのではないか、との思いにさいなまれ、自分自身の存在価値に思い悩む「アイデンティティークライシス」。これは実に厄介で、今も容赦なく襲いかかります。

 アイデンティティークライシスはいまだに克服できていませんが、「人間的な幅や視点を広げるチャンス」はそこかしこに転がっていますし、駐夫になったことに後悔はしていません。配偶者の海外赴任に同行するかどうか悩む方々からの相談に対しては、こっそり背中を押すような回答をしています。

2年間の私についての妻の感想は……

 この連載で時折登場した妻に、2年間の私について尋ねてみました。「う~ん、米国に来た直後は、正直、感情の起伏が激しく、自分の立ち位置を必死に探そうと、もがいていたよね。もちろん、あなたのキャリアを中断させたという申し訳なさを感じていたよ」。さらに、「でも、生活が落ち着いて、大好きな『書く』という場を得てからは、自分を客観的に見ることができてると思うよ。『駐夫』というジャンル、新たな領域を築き上げたんじゃないの」。今回も言いたい放題でした。

 この2年間で、世界中に駐夫が確実に増えている実感を抱いています。Facebook上で主宰しているグループは、OBも含めて30人を超えており、居住地は六大陸すべてに広がりました。以前の記事の段階から、社会は着実に変化していると思います。それぞれ離れているため、集まって何かするのは難しいのですが、同じ境遇に置かれた同志がこれだけいるということを知ってもらえるだけで、孤独から解放され、何らかの心強さを感じられるのではないかと確信しています