海外に転勤した夫に付いていく妻は、ちまたでは「海外駐在員の妻=駐妻(ちゅうづま)」と呼ばれます。では、妻の転勤に付いていった夫は「駐夫(ちゅうおっと)」――? 共働きであれば、いつ起きるか分からないのがパートナーの転勤です。妻の米国への転勤を機に会社を休職し、自ら「駐夫」になることを選択した大手メディアの政治記者、小西一禎さん。そんな小西さんが、米国NYで駐夫&主夫生活を送りながら、日本の共働きや子育てにまつわる、あれやこれやについて考える連載です。

 今回は「キャリアを中断して渡米してきた女性たちと話す」「駐夫になって初めて考えた女性のキャリア問題」「仮に10年前、妻に海外赴任の話が持ち上がったら」などについてお届けします。

第一線の現場を離れて、もう9カ月が経った

 「すっかり毒が抜けたと思っていましたが、小西さんの政治情勢分析を聞き、やっぱり政治記者なんだと思いました」

 先日、東京時代から親しくしていた同じ会社の後輩とマンハッタンでランチをした直後、携帯電話のテキストメッセージにお礼と併せて、憎まれ口のコメントが届きました。もう一人の後輩を交え、2人を前に、自民党総裁選や憲法改正論議の見通しを2時間にわたり、巨大なステーキを食べながら一人で快調にしゃべり続けた後のことです。自分の見解を色々披露するのは嫌いではないので、しばしの間、気分は爽快で、憎まれ口もうれしく感じられたのでした。

 「毒が抜けた」「やはり政治記者」・・・。いずれもその通りでしょう。異論はありません。しかし、2人に話した内容は自分で取材したものではなかったのです。ネットなどを通じて目にする日本メディアの報道ぶりを自分なりに分析、精査して、見通しを語った内容に他なりません。そもそも、地球の反対側で日本の政局を語るのもいかがなものかもしれませんが、自ら見て、聞いた話ではないので、どうしてもリアル感に欠けます。自宅に戻るバスの中で、いささかむなしさが交錯しました。第一線の現場を離れて、もう9カ月が経ったのだと

 働いていない引け目みたいなもの、ブランクが積み重なることから来る焦燥感。そして、復職後、元通りトップギアでバリバリ働けるのかどうか。こうした気持ちはふとした瞬間、頭の中を去来します。

キャリアを中断して渡米してきた女性たちに驚くほど共感

 最近、夫の米国赴任に伴い、キャリアを中断して渡米してきた女性たちと突っ込んだ話をする機会がありました。浮かび上がったのは、男と女の違いこそありますが、同じ事情を抱え、同じ悩みに直面しているということです。そして、昔の自分と比べると、驚くぐらい、彼女たちの気持ちや状況が理解でき、その思い、悩み、考え方に共感を寄せることができました

 Aさん(30代後半)は渡米3年目です。日本では研究職に就いていました。社内結婚した夫の米国転勤を受け、当時生まれたばかりの長女のための育児休業を取得して、帯同してきました。ただ、会社が定める育児休業期間は子どもが3歳になるまでで、来年3月で切れます。先に帰るべきか、残るべきか悩み、会社と相談したところ、配偶者帯同休職制度への切り替えが許可されました。

 しかし、育休と休職制度を合わせても、最大で3年間しか取れないため、期限が切れる来年10月には復職が迫っています。「夫はまだ駐在が続きそうですが、仕事は辞めたくありません。両親や周りは私が子連れで帰国すると当然視しています。それは仕方ないのですが、待ち構えるのは100%のワンオペ育児です」と不安な思いを吐露します。

NYのセントラルパークで、ビルを見上げながら遊びまわる子どもたち
NYのセントラルパークで、ビルを見上げながら遊びまわる子どもたち