一時帰国中の2週間ほど、妻は東京のオフィスで朝から晩まで働いていました。都心のホテルで寝泊まりし、昼夜は会食の日々。片や、私は都心から60キロ離れた埼玉の実家で、両親の全面的な協力を仰ぎながら、基本的に子ども2人と、彼らのいとこに当たる妹の長男と過ごしました。都心のように一時保育施設は充実していません。

男の嫉妬ほど厄介なものはない

 片道12時間以上もかけて帰ってきた、せっかくの日本滞在ですから、私も会いたい人に会いたいし、食べたいものを食べたい。時には「パパ、行かないで」と泣きながら、私の足を両手で押さえつける長女を振りほどき、大学時代の友人との帰国歓迎飲み会などのため、東京まで出向いていました。

 そんなことを繰り返すうちに、わが子を押し付けるような形で出掛けることに対する両親への申し訳なさと子どもへの罪悪感が湧き起こりました。保留にしてもらっていた友人らとの約束はすべてキャンセルし、実家で子どもらといる時間を増やすことにしました。

 子どもとずっと一緒にいられ、本来は喜ぶべきなのでしょうが、米国で幼稚園に通っている最中に確保していた自分時間はありません。「本当に必要な会議がそんなにあるのか」「埼玉から通えばいいじゃないか」。一時帰国前から、日本滞在中は多忙になると言われていましたが、頭の中では理不尽と分かりつつ、イライラや不満の矛先は、一直線に妻に向かっていきました。

 以前も書きましたが、私の意識には、「夫婦間マウンティング」の構図が根強く残っています。稼いでいない自分という状況を、まだまだ受け入れがたいのでしょう。あるいは、日本で過ごしたため、以前の自分がよみがえったのかもしれません

 今振り返れば、政界で言われる「男の嫉妬ほど厄介なものはない」を地で行くような単なる嫉妬なのですが、どこかで爆発しないと気が済まなかったのも事実です。米国に戻ってから、駐在妻の方々と話していても、楽しいはずの一時帰国のほうが実は大変で「ストレスが余計にたまった」という感想は共感してもらえました。

 さはさりながら、駐夫としては合格点でも、主夫不適格をいまだに出される始末です。まだまだ、完全に「成仏」できておらず、何かが原因で「解脱」できていないのかもしれません。いや、できていないのです。

NYのエンパイア・ステート・ビル展望台から、マンハッタンを眺める子どもたち

文・写真提供/小西一禎

小西 一禎(こにし・かずよし)
小西 一禎(こにし・かずよし)

1972年生まれ。6歳の長女、4歳の長男の父。埼玉県出身。2017年12月より、製薬会社勤務の妻の転勤に伴い、家族全員で米国に転居。NYマンハッタンのハドソン川対岸で、日本からの駐在員が数多く住むニュージャージー州に在住。1996年慶應義塾大学商学部卒業後、共同通信社入社。熊本、福岡、静岡での記者勤務を経て、2005年より東京本社政治部記者。小泉純一郎元首相の番記者を皮切りに、首相官邸や自民党、外務省、国会などを担当。2015年、米国政府が招聘する「インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム」(IVLP)に参加。会社の「配偶者海外転勤同行休職制度」を男子として初めて活用し休職、現在主夫。福井新聞で「政治記者から主夫へ 米ニュージャージー便り」を連載中。ブログ(https://www.chu-otto.com/)では、駐妻をもじって、駐夫(ちゅうおっと)と名乗る。