地上の暑さが嘘のようにひんやりとした坑道。「一度、この空間の本当の姿を体験しよう」ということで、皆で一斉にヘルメットの上のライトを消すと、わずかな光の気配も、音すらも無い。地上から隔離された異空間に閉じ込められる独特の感覚に、娘は思わず抱き着いてきた。電気の無かった時代、ランプを持つ財力のない者は、この暗闇の中で、手探りで作業をしていたという。「僕の時代はもちろんライトで照らされていたけれど、一度、一人で居残っていたときに誤って電源が切られてしまって。地上に戻るのに普段の何倍もかかり、さすがに怖かったよ」とガイド氏が笑う。

 さらに衝撃だったのが、当時は10歳にも満たない地元の子どもも多数働き、早朝から夕方まで、一日中ここで過ごしていたため、その多くは背骨が曲がるなど、発育不良だったというエピソードだ。「君も当時なら、ここで働いていてもおかしくなかったんだよ」と話しかけられ、娘は思わず「No!No!」とムキになっていた。

 小一時間のツアーを終えた後はめいめい、敷地内の施設(当時のロッカー、シャワールームがそのまま残されている)や、掘削風景を映像と模型で再現した展示室を回り、ショップへ。心なしか、他のミュージアムに比べてロゴ入りグッズを手に取っている人が多いのは、産業革命時、国にもたらされた繁栄が、名もなき人々の労苦の賜物であることを痛感し、彼らに思いを馳せてのことだろうか。わが家も子どもの友人たちへのお土産にと、力強いロゴの入った巾着袋(1ポンド)を何枚も買い込んだのだった。

気取らないけれど癖になるウェールズの食を堪能

 ウェールズ北部、静謐なコンウィ渓谷の一角に佇む、石積みの趣ある建物群。ファーム・ショップやレストランなどの施設が立ち並ぶ「ボドナント・ウェルシュ・フード・センター」のクッキング・スタジオではこの日、シェフの一人がウェールズ名物料理のデモンストレーションを行っていた。

 一つ目はウェルシュ・レアビット。肉が高価だった時代のごちそうとして、すり下ろしたチーズを温めて溶かし、地元のビールやソースなどで風味付けしたものをパンに乗せ、トーストしたものだ。広大な牧草地に恵まれ、乳製品どころとして知られるウェールズならではのフレッシュなチーズが、片手鍋の中で調味料と溶け合い、えもいわれぬ香りを漂わせる。ざっくり、たっぷりパンに塗ってオーブンで焦げ目がつくまで焼くと、シンプルだがしっかりとおなかにたまる一品が完成。

 もう一つのウェルシュ・ケーキは、かつて炭鉱夫たちが昼食の“デザート”として家から持参していたそうで、薄力粉とバター、ベーキングパウダー、ミックススパイス、干しブドウをこねて型抜きをし、焼いたもの。といっても、ビスケットのようにオーブンで焼くのではなく、パンケーキのように、鉄板の上で焼くのが特徴的だ。1センチ程度の厚みで、しっかりとした質感がありながらも、ほろりとした口どけで、たちまち娘のお気に入りに。階下のファーム・ショップはもちろん、旅の間、スーパーに立ち寄った際にもウェルシュ・ケーキを買い、一家でおやつ時に頬張った。

<a href="https://www.bodnant-welshfood.co.uk/">ボドナント・ウェルシュ・フード・センター</a>でウェルシュ・ケーキのデモンストレーションを見学。ほくほくした焼きたても冷めてからもおいしく、日持ちするのでお土産にもいい。シェフの右手脇にあるのがウェルシュ・レアビット。入れる調味料によって多少味が変わるので、色々なパブで試してみるのも楽しい
ボドナント・ウェルシュ・フード・センターでウェルシュ・ケーキのデモンストレーションを見学。ほくほくした焼きたても冷めてからもおいしく、日持ちするのでお土産にもいい。シェフの右手脇にあるのがウェルシュ・レアビット。入れる調味料によって多少味が変わるので、色々なパブで試してみるのも楽しい