時に迷い、立ち止まりながらも、自分流の働き方や幸せを模索している働くママたち。今回登場してもらうのは、現在総合情報サービス企業の事業本部で総合職として働くTさん。多感な時期に母親をがんで亡くしたことによって、人生が大きく変わるという経験をするなか、母が残したあるメッセージを胸に歩んできました。ここまでの道のり、そしてTさんが考える「働く母親像」について話していただきました。

(上)「仕事を続け、働く母親に」亡き母からのメッセージ ←今回はココ
(下)育児にPDCAはいらないと気づき、生まれ変わった

◆今回登場するワーママ:Tさん
年齢:40歳
これまでの仕事:総合情報サービス企業の一般職→同社の総合職に
現職:事業本部のマネジメントスタッフ
住まい:東京都
子どもの年齢:3歳の男の子

◆働き方に迷った理由
キャリアを追い求めることと、「理想」の育児との両立

◆「わたし流」の働き方をかなえるためにした選択
選んだもの… 働く母親になること
諦めたもの… 特にない(出産で、自分自身も生まれ変わるくらい価値観が変わったため、母親になる以前との比較ができない)

 子ども時代はいわゆる優等生タイプで、完璧主義。今思えばいやらしいですが「こうすれば大人から評価される」ということが分かって行動するタイプの子でした(笑)。その甲斐あってか、小学校高学年から高校までずっと学級委員だったくらいです。

 そんな私の人生が大きく揺らいだのは18歳のときです。当時私は浪人生として予備校生活を送っていました。ある日、それまでずっと元気だった母が「ちょっと具合が悪いから」と病院で受診したところ、末期の胃がんが見つかり入院することになりました。

 母の突然の入院によって生活は一変。父と妹の3人となり、浪人生の私もかなりの家事を負担するようになりました。あるとき母を見舞いに行った枕元で「こんなに家事が大変なら、将来結婚した後、仕事辞めようかな」と話すと、後日病室で母から手紙を渡されました。手紙のなかには「将来あなたが結婚して子どもが生まれたら、私が仕事を辞めるから、あなたは仕事を続けなさい」といった内容がつづられていました。

写真はイメージです
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次ページから読める内容

  • 母の死で変わった人生観
  • 一般職から総合職へ
  • 週末婚を決めた途端に妊娠

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