時に迷い、立ち止まりながらも、自分流の働き方や幸せを模索している働くママたち。今回登場してもらうのは、元看護師で昨年から夫が開業した歯科医院で働くKさん。7歳と5歳の男の子の母親です。看護師として、大学病院の緊張感漂う現場で10年のキャリアを積み出産。その後父のがんが見つかり、退職し献身的に看護をするさなか、地元に戻り歯科医院を開業することになった夫に寄り添い見知らぬ土地へ引っ越したそう。こうした中で、働くことや夫婦関係に関して葛藤してきたというKさんに話を聞きました。

(上)10カ月で復帰した看護師ママ、入園通知に涙した訳は ←今回はココ
(下)父の病気、見知らぬ土地、離婚危機、どん底からの再起

◆今回登場するワーママ:Kさん
年齢:39歳
これまでの仕事:看護師→専業主婦となり父を看護→夫の開業する歯科医院で勤務
現職:夫の開業する歯科医院に勤務
住まい:東北地方
子ども:7歳と5歳の息子

◆働き方に迷った理由
夫が開院した歯科医院をサポートしようにも、領域違いの看護師の自分の役割が見いだせなかったこと

◆「わたし流」の働き方をかなえるためにした選択
選んだもの…自分軸(人から言われて決めるのではなく自分で人生を決めていく)
諦めたもの…ない

患者さんに寄り添う看護師でありたい

 母が看護師でクリニックに勤務していました。母が土日夜勤の日は、幼い私も母の職場に泊まることがあるなど、小さい頃から看護師として働く母の姿を身近に見てきました。そのため、物心ついた頃から、自分も将来は看護師になると当然のように考えていて、高校卒業時は迷わず看護の道を選択しました。

 その後看護師として働く上での私のモットーは「患者さんの気持ちに寄り添う看護師であること」でした。どんな朝も必ずベッドのカーテンを開けてしっかり患者さんの顔を見て、元気に明るく「おはようございます」とあいさつすることを日課にし、患者さんにいかに寄り添うかを考えるようにしてきました。こう考えるようになったきっかけは、学生時代の看護実習にありました。

知識も技術もない私は何もできない

 看護学校1年目の実習でのことです。私が担当する患者さんの中に、肺がんで入院している70代の男性がいました。ある日その患者さんが手術の傷を見せながら、「自分たち患者は、がんになった苦しみや不安、傷の痛み、死の恐怖と毎日闘っているんだ。看護師さんが忙しくても、元気にあいさつをしてくれるだけで患者は救われるんだよ」といった話をしてくれました。

 ある時、この患者さんの抗がん剤治療が再開することになりました。1回目の時、吐き気がひどく、つらい経験をしていたということで「あのつらさを味わうのは嫌だな。看護師さん、代わってくれないかな?……なんてつい思っちゃうよ」と言われ、戸惑いました。

次ページから読める内容

  • 会話と笑いで生み出せた痛みのない時間
  • 患者さんの体が冷たくなっていく恐怖
  • 救急車のサイレンの音で起きる日々
  • 10年間やりきった、出産で次のステップへ
  • 子どもと過ごしたい気持ちを押し殺して復帰

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