時に迷い、立ち止まりながらも、自分流の働き方や幸せを模索している働くママたち。今回登場してもらうのは、ウェルネスライフサポート研究所代表の加倉井さおりさんです。保健師として、現在、社会人、大学1年生、中学3年生の3人の男の子の母親として、仕事と育児を両立させてきました。しかし、第3子出産後に実母が難病にかかり、介護によって好きだった職場を退職することに。そんな加倉井さんのこれまでの道のり、そして退職後、フリーランスを経て起業し、再度自分らしく仕事を続ける今について話してもらいました。

(上)0歳の長男の入院で退職覚悟した私を引き留めたものは ←今回はココ
(下)介護退職で空虚に 無邪気な子の存在が再起を後押し

◆今回登場するワーママ:加倉井さおりさん
年齢:52歳
これまでの仕事:保健師として、自治体が運営する健康増進を目的とした財団に勤務→フリーランス→起業
現職:ウェルネスライフサポート研究所 代表取締役
住まい:神奈川県
子ども:社会人、大学1年生、中学3年生の息子

◆働き方に迷った理由(前編)
復帰直前に子どもが入院したこと

◆「わたし流」の働き方をかなえるためにした選択(前編)
選んだもの…母になっても働き続けること
諦めたもの…何かを諦めたのではなく、不安を乗り越えた

「この仕事をするために保健師になったの?」 自問する日々

 高校時代、妊産婦や生まれた赤ちゃんを保健師が支える母子保健の仕事を知りました。赤ちゃんが好きで、自分も母子保健に携わりたいと思い、看護系の大学に進んで保健師の資格を取得しました。当初は母子保健領域での活動を目指していましたが、大学時代に健康保持や病気予防に取り組む健康増進分野に興味を持ち、卒業後は県が運営する健康増進に取り組む財団に保健師として就職しました。

 ただし、そこで私を待ち受けていた仕事は、健康づくりための会員組織の制度作りや、健康情報誌の編集、広告営業、ラジオ番組の収録立ち会いなど、保健師の資格が必要のない仕事がほとんどでした。中には保健師として健康増進に関するセミナー講師をする仕事もあり、楽しく取り組みましたが、仕事量としては全体の2割程度。多くの「その他」の仕事をしながら「私はこんなことをするため、保健師になったのか?」と自問自答を繰り返す毎日でした。最初の3年間は上司に「辞めたい」と言っては「健康増進という先駆的な取り組みをしている職場だから、今が踏ん張り時です。一緒に頑張りましょう」と引き留められる、というやりとりを繰り返していました。

26歳で立てた3つの目標

 それが、就職して4年目の26歳のとき、いつもと同じように上司に「辞めたい」と言うと「辞めていい」と言われたのです。その時、上司に言われたのが「今からなら県の保健師採用にも間に合うから、転職してもいい。でも健康増進に興味があるのであれば、この財団の看板が外れた転職先でも、『あなたに講師を依頼したい』と思われる人になりなさい」という言葉。この言葉を聞き、目指すべき自分の姿が明確になりました。

 結果として私はこのとき、転職を踏みとどまったのです。当時まだ新しかった健康増進という分野を切り開いていくことにやりがいを感じていたこともあり、他に活動の場を求めるのではなく、今いる職場で健康増進分野の保健師としての立ち位置を固めようと思い直しました。

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  • 長男が肺炎で入院、「両立は無理」と退職を覚悟
  • ピンチの時は助けを求めることも必要
  • 35歳で考えた「やり残していること」

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