時に迷い、立ち止まりながらも、自分流の働き方や幸せを模索している働くママたち。今回登場してもらうのは、現在大学病院の呼吸器センターで看護師として働くYさん。幼い頃からの夢をかなえ看護師となり、チーム医療現場での仕事にやりがいを感じながら働く中、「仕事=成長の場」という価値観を持ったといいます。そんなYさんのこれまでの道のり、そして母となった今、仕事と育児の両立の中で迷う気持ちについて話していただきました。

(上)夢をかなえ看護師に チーム医療現場で成長を実感
(下)仕事と育児の両立つらい現実 昇格まで走り切りたい  ←今回はココ

◆今回登場するワーママ:Yさん
年齢:37歳
これまでの仕事:大学病院の看護師→退職し夫の渡米に同行(2年間)→派遣看護師として高齢者施設や保育施設等に勤務→元いた大学病院に看護師として復職
現職:大学病院の呼吸器センター看護師
住まい:東京都
子ども:3歳の女の子

◆働き方に迷った理由
チーム医療の現場における看護と育児の両立

◆「わたし流」の働き方をかなえるためにした選択
選んだもの… チーム医療の現場で働くこと
諦めたもの… 家族との時間(このままでいいとは思っていません)

妊娠で「大事な任務がある」と気持ちが晴れたが……

 仕事を辞めて夫に伴い渡米してからは、自分が必要とされる場がないことや、夫の他に心から話ができる人がいない孤独感を抱えながら過ごしていました。そんな生活がしばらく続いた頃、妊娠が分かりました。渡米中に赤ちゃんを授かりたいという願いがかなった喜びもありましたが、何より「おなかの赤ちゃんを育て無事に産むという大事な任務がある」と思えたことがうれしく、一気に気持ちが明るくなりました。

 ただ、そうした明るい気持ちは最初だけで、妊娠初期から臨月まで重いつわりに悩まされ続けました。食べられない、飲めないという状況でも、日本のようには入院できないなど、妊婦を取り巻く医療環境が日本とは大きく違うことも不安でした。こうした不安に追い打ちをかけるように、エコー検査で娘の腎臓が片方しかないことが分かったのです。多嚢胞性異形成腎と呼ばれるもので、おなかの赤ちゃんの状態が心配なのにもかかわらず、英語で病状を説明されるため細部が理解できないことがストレスでした。

 病気が分かってからは、つわりのために病院で処方された吐き気止めを飲んだせいではないかと、自分を責め続けました。夫は先天性の病気に吐き気止めの服薬は関係がないことや、腎臓は1つでも問題ないことを何度も私に説明してくれました。夫の話でそのときは納得できても、時間がたつとまた自分を責めてしまうという堂々巡りで、精神的にかなりきつい時期でした。

 妊娠末期には妊娠高血圧症候群と診断され、ついに入院となりました。英語での入院生活は限界だった上、結局予定より早く生まれた娘は呼吸状態が不安定でNICU(新生児特定集中治療室)に入るなど、最後まで不安とストレスばかりの妊娠・出産になってしまいました。

 そんな私にとって救いとなったのは、産後母がボストンまで来てくれたことでした。不安な状況での初めての育児に母が来てくれ、やっとホッとできた一方で、2カ月後に母が帰るときはあまりのさみしさから涙が出てしまったことを思い出します。

次ページから読める内容

  • 忙しくもやりがいある職場に復帰
  • 家族の時間を犠牲にして働くことへのモヤモヤ

続きは、日経xwoman登録会員の方がご覧いただけます

ログインはこちら
もっと見る