時に迷い、立ち止まりながらも、自分流の働き方や幸せを模索している働くママたち。今回登場してもらうのは、国際事業を手掛ける団体に勤めるSさん。現在シングルマザーとして、小学2年生の娘を連れ、韓国・ソウルに駐在しています。海外と関わる仕事に憧れ、新卒で外資系大手コンサルティング会社に就職しますが、「自分の居場所はここではない」と退職し、2回目の転職で今の仕事に就きました。そんなSさんのこれまでの道のり、そして希望がかない海外勤務をする今について話してもらいました。

(上)2週間で「戦力外通告」 外資系時代に見失った働く目的 ←今回はココ
(下)外資、契約、無職を経て、娘と2人で海外駐在を実現

◆今回登場するワーママ:Sさん
年齢:36歳
これまでの仕事:外資系大手コンサルティング企業→国際協力系NGO→国際事業を手掛ける団体職員
現職:法人職員
住まい:韓国・ソウル
子ども:小2の女の子

◆働き方に迷った理由
外資企業のキラキラ感に目がくらみ、自分のやりたいことを見失ってしまったこと

◆「わたし流」の働き方をかなえるためにした選択
選んだもの… 海外と関わり続けること
諦めたもの… 先の見える精神的に安定した生活

海外に関わる仕事に憧れ外資系企業へ

 学生時代は海外に出たい気持ちが強く、交換留学で韓国・ソウルの大学で学んだほか、数カ月ほどですが中国・北京にも留学しました。たまたま歴史への興味などから留学先は東アジアばかりになりましたが、欧米へも興味を持っていました。留学をして一番のカルチャーショックは、中国や韓国の学生たちが寝る間も惜しんで勉強する姿でした。しかも、周囲の学生たちは海外に行ったことがないにもかかわらず、私よりずっと英語も上手で。そんな同年代の学生たちの姿から刺激を受けつつ、「自分ももっと外に出ていかなくては」と感じるなか、卒業後は海外と関わる仕事がしたいと考えるようになりました。「グローバル企業」に就職することが海外に出る近道になるのではないかと考え、大手の外資系コンサルタント会社に就職しました。

 その会社は、アジア太平洋地域の「同期」とマレーシアで合宿をし研修を受けられる制度などがありました。今思えば、当時の私はそんな「グローバル企業」ならではのキラキラした世界にすっかり目がくらんでしまい、そこで何がしたいのかという目的を見失っていました。目先の「グローバル」な雰囲気に流された結果、その後6年もの間、霧の中をさまようような時間を過ごすことになってしまったのです。