「故郷を訪ねてみたいのですが、虐待の記憶がフラッシュバックするかもしれないと思うと、1人では不安です。一緒に行ってくれませんか」

この連載でご紹介した虐待サバイバー、小野寺操さん(仮名、33歳)からメールが届き、私たちは彼が6歳まで暮らした、神奈川県内のある市へ向かいました。奇跡的に残っていた生家や街並みは、小野寺さんに何を思い起こさせたのでしょうか。当日の彼の様子と、後日書き送ってくれた手記から、心境をたどります。

虐待受けた生家、当時のままで「震え止まらず」

 小野寺さんが、この町へ降り立ったのは約10年ぶりです。最寄り駅から15分ほど歩くと、かつて暮らした2階建てのアパートが残っていました。間取りは6畳間と台所の2部屋。風呂は昔ながらのタイル敷きで、大人がひざを抱えてやっと入れる大きさです。

 小野寺さんは生家を見ても、冷静さを保っているように見えました。しかし手記には、家の様子があまりにも当時のままだったため「震えが止まりませんでした」とつづられています。

 2歳の頃家から閉め出されたとき、触ってやけどをしたボイラーは、小野寺さんの膝くらいの高さでした。「顔くらいの高さだったと思うのですが……」と、位置の低さに驚きます。大人の膝くらいまでしかない幼児が、たびたび外に放置されていたのです。日が暮れても家に入れてもらえず、暗闇に恐怖する自分の姿が、彼の最初の記憶だといいます。さらにこの部屋で、幼かった小野寺さんは母親にシャツをまくり上げられ、背中を何度も平手打ちされました。何時間も罵詈雑言を聞かされました。

 しかし同時に、両親と「川の字」で眠ったこと、外の小さな庭で泥遊びをしたこと、優しかった上の階の夫婦のことなどもよみがえりました。「懐かしさを感じるようになっていくと、徐々に震えがおさまっていきました」(手記より)