身を守るため「物語のような嘘」

 タケシ君は里子に来てから、川沿いの遊歩道を歩いていると「ここから落ちたら死んじゃう?」、道路を見れば「車に当たると死んじゃう?」と、事あるごとに「死ぬ」という言葉を繰り返しました。「たかいたかい」をしようとわきの下に手を入れようとすると、体を固くしました。 恵美子さんは程なく、 彼が「物語みたいな嘘をつく」ことにも気づきます。

 見慣れないおもちゃを持っているタケシ君に、恵美子さんが「これ、どうしたの?」と聞くと、彼はすらすらと答えました。「お正月に外泊できない僕を、施設のお姉さんが外出に連れ出してくれて、一緒にファミレスに行ったの。そのとき1つだけ買っていいよって言ってくれて、これを買ったんだ」

 「でもこれ、君の(施設から持ってきた)荷物に入っていなかったよね」。タケシ君は部屋の隅に行き、2時間ぐらい頭を抱えてうなった揚げ句、やっと友達のものを勝手に持ってきたことを認めます。

 こうした嘘が続いたことから、秋山夫妻はタケシ君と一緒にカウンセリングを受け始めました。その中で「小1なのに、中1並みの言い訳ができる」と判定されたといいます。カウンセリングを受けるうちに、タケシ君は「お母さんたちがけんかしているときは、部屋の隅にじっとして、見つからないようにしていたんだ」などと、過去の虐待を口に出せるようになりました。恵美子さんは「親の怒りを買わないためにはどうすればいいか、幼い頭で考える中で、嘘がどんどんうまくなったのではないか」と推察します。

女性に貢ぎ借金重ねる 「教師になりたい」希望むなしく失踪

 中学時代は落ち着いていましたが、高校に入って同級生と付き合い始めたころから、生活が荒れ始めました。彼女も、ネグレクトの被害者でした。

 「アルバイトの給料だけでなく、うちのお金も持ち出して彼女にあげてしまう。仕方がないので、お金を置いてある部屋にカギを付けました」。成績は落ち込み、無断で彼女を部屋に連れ込んだり、家出して友人宅を泊まり歩いたりした時期もあったといいます。

 高校卒業後は教師を志望し、1年の浪人生活を経て大学へ入学しました。しかし「2年生の終わりごろからは、ほとんど学校に行っていなかったようです」(三郎さん)。同棲していた女性に追い出され、所持金47円で帰って来たことも。そのうちに複数の消費者金融からの借金と奨学金の返済が滞り、督促状が何通も届くようになりました。

 秋山夫妻が「自己破産の手続きをしなさい」と必要経費を渡して送り出したのが、タケシ君を見た最後です。その後5年以上、行方は知れません。

人への恐怖が消えない 幼少期、愛情注いでくれる「誰か」持てず

 三郎さんは30年の里親経験から「子どもたちには、ごく幼いころから自分を大事にしてくれる『誰か』が必要」と感じているといいます。

写真はイメージです
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