「児相は何をしていたんだ」――。親から虐待を受けて死亡したとされる船戸結愛ちゃん(当時5歳)のような痛ましい事件が起こるたびに、子どもを保護する権限を持つ児童相談所(児相)に非難が集まります。支援関係者によると事件直後、結愛ちゃん一家のケースを所管する品川児相には市民からの批判の電話が殺到、虐待通報がろくに通じない状態だったといいます。

 ただ児相の職員は、限られた人数で多くの深刻な事案に対応していることもまた事実です。児相での勤務経験があり、現在は大田区子ども家庭支援センターで虐待通報を受ける立場にある小島美樹係長に、現状について聞きました。

マンション全室訪問、親にスリッパ投げられ…

小島美樹さん。「周囲の子どもへの声掛け、見守りはどんどんしてあげてください。この子がこのまま大きくなったら大変なことになりそうだ、と思ったら怖がらず、ぜひ電話をください」と呼び掛けます。
小島美樹さん。「周囲の子どもへの声掛け、見守りはどんどんしてあげてください。この子がこのまま大きくなったら大変なことになりそうだ、と思ったら怖がらず、ぜひ電話をください」と呼び掛けます。

 子ども家庭支援センターは、子育て全般に関する地域の相談・支援の窓口です。小島さんは主に、虐待通報に対応しています。

 「都内のセンターは虐待通報があると、48時間以内にすべての子どもの安否を確認するルールがあります。24時間以内など、さらに迅速な対応が求められる自治体もあります」。たとえ閉所直前に通報があったとしても、職員は確認に走ります。このため小島さんは「金曜日の午後6時前は恐怖の時間です」と苦笑しました。

 100世帯以上のアパートで「右のほうから赤ちゃんの泣き声がする」という通報があることも。「場所が大体分かる場合はいいのですが、あちこちのベランダに赤ちゃんの洗濯物が干してあり、いやあ多いなあ、どこから手を付けようか、というケースもままあります」。それでも「赤ちゃんの泣き声が聞こえたと連絡があったのですが」と、一軒一軒しらみ潰しに訪ねて回ります。

 一方で、「近過ぎる」通報にも苦労が。「隣でドスン、バタンと音がして、その後子どもがギャーと、尋常じゃない声で泣いている」など、隣室でしか得られない情報は、そのまま伝えると隣人同士の関係悪化や、虐待家庭のさらなる孤立を招きかねません。「通りがかりの人が声を聞いた、など色々な理由をつけて、通報した人を特定できないようにしています」

 家庭を特定できても、ドアを開けてもらうことすら至難の業。「『うちは知りません』と絶対抵抗される。頑張って説得し、ドアを開けていただいても、名刺を差し出すとピッ!と手裏剣投げで返され、パンフレットを丸めて地面に捨てる親御さんもいる。わざわざ家の中にスリッパを取りに戻って、投げつけてきたこともありました」

 しかし小島さんは「通報は親にとってそれだけ刺激が強い、不安の絶頂に立たされる行為なのです」と、親の思いを説明します。良い子に育てるはずなのに、世間から虐待と言われる…。自分は親の責任を果たせていない…。そんなふうにどんどん不安になり、結果「あんたが泣くからよ!」とかえって子どもへの暴力を招きかねないこともあります。

親は「不安」から手を上げる

 小島さんはこの「不安」こそが、日本で起きる虐待の根本にあると指摘します。

 「日本の親はとても真面目です。社会的な責任感から『大きくなって困らないよう、他人に迷惑をかけない子、ルールを守れる子に育てたい』という思いが強い。だから片付けられない、勉強ができないなど、子どものいろんなことが不安で、叱ってしまう。一度で子どもに伝わらないと、どんどん“強く”伝えてしまう。それが暴力や、『おまえなんかうちの子じゃない』『産まなきゃよかった』などの暴言へとエスカレートするように感じます」

 「社会的に高い地位にいるからと言って、家庭内でも立派な親とは限りません」。通報を基に両親への聞き取り調査などをすると、肩書や年齢、国籍、社会的地位を問わず、虐待は行われているといいます。虐待について詳しいであろう医師や、虐待対応の担当者ですら、完全に例外とは言い切れません。