虐待によって心身に深い傷を負った子どもたちは、成長しても精神的な不安定さや、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの後遺症を抱えるケースが珍しくありません。子どもたちの傷を癒やすことはできるのでしょうか。

NPO法人「クロップみのり」(神奈川県横須賀市)は1997年から20年以上、児童養護施設などで暮らす子どもたちを夏休みに離島に連れて行き、イルカと一緒に泳ぐ「ドルフィンプレイ」を続けてきました。豊かな自然に囲まれた島の暮らしが、子どもたちの生まれ持った力を引き出し、自信を取り戻させるといいます。

彼らが描いた絵も紹介します。絵に表れる変化が、心の傷の深さと、そこからの回復を如実に語ります。

「問題ある子に来てほしい」という理由

(a)口を持たない赤と黒の自画像(上)、後には、イルカに囲まれた青い色調の絵になりました(下)
(a)口を持たない赤と黒の自画像(上)、後には、イルカに囲まれた青い色調の絵になりました(下)

 右の絵(a)は、ある女子高生が描いた、口を持たない赤と黒の自画像です。それが後には、イルカに囲まれた青い色調の絵(下)になりました。

 アートセラピストの資格も持つ中山すみ子さん(クロップみのり理事長)は「赤と黒はストレスの象徴で、自画像に口がないのは、思いを言葉にできないことの表れです。一方、海の青は無意識の状態を示し、イルカによってストレスを癒やされたことが読み取れます」と説明します。このような変化をもたらす、離島体験の試みとはどのようなものなのでしょうか

 御蔵島(東京都)は本州から南へ約200キロ離れた、人口約300人の小さな島です。クロップみのりは毎夏、施設で暮らす中高生ら約20人を島へ招き、2~3泊滞在しています。これまで延べ500人あまりが島を訪れました。

 中山さんは、子どもたちを集める際、各施設に「特に問題のある子をよこしてください」と伝えます。参加者には、不登校の子や援助交際の経験者、いじめや暴力の加害者も少なくありません。「彼らは虐待で受けた心の傷や欠落感を、問題行動で表しているのですが、模範生ではないので、施設では外出の機会がなかなか回ってきません。彼らにこそ島でゆっくり過ごし、日常生活へのエネルギーを蓄えてほしい」と、中山さんは理由を語ります。

 施設の子どもたちは夏休み明け、旅行や帰省の話題で盛り上がる友人の輪に入れず、肩身の狭い思いをすることもしばしばです。参加経験者の男性(35)は「『離島でイルカと泳いだ』と話せるだけで、学校の居心地が格段によくなりました」と振り返ります。

 しかし、施設で暮らすハンディや虐待の後遺症は、出発時から参加者の「壁」となって立ちはだかります。子どもたちは施設内で、職員の指示や決まったスケジュールに従って動いているため、自分から行動を起こすことがとても苦手です。さらに、親の虐待や教師たちからの叱責で「自分はダメな人間だ」と思い込んでおり、できないこともとても多いのです。

 船の発着場では、中高生にもかかわらず「(切符を買う)列に並ぶのが怖い」と泣いてしまう子がいます。島に着いて真っ青な海を目の前にしても、「泳げない」「海に顔を漬けられない」「(水深30センチほどの浅瀬に)飛び込めない」と、しり込みする子が続出。しかしイルカ見たさもあって、子どもたちは次第に勇気を奮って海に入るようになります。中には早朝から泳ぎを練習し、素潜りで貝を取れるようになる猛者もいます。泳ぐのが苦手な子は、魚を釣ってさばいたり、食事を作ったり。自分なりの「できた!」を体験し、周囲の人に「すごいね!」と一緒に喜んでもらえることで、小さな自信を積み重ねていくのです。

結愛ちゃん事件は特別ではない 「死にたい」と自傷行為繰り返す幼児

 中山さんは神奈川県内で、親と暮らせない子どもを家庭的な環境で育てる「ファミリーホーム」を運営し、被虐待児を中心に受け入れています。「(東京都目黒区で2018年に虐待死した)船戸結愛ちゃんは、決して特別なケースではありません」と中山さんは語ります。