中学、高校、大学と、時はまさに受験シーズンです。

子どもに夜遅くまで勉強させる、成績が振るわないとつい厳しく叱ってしまう……。子どもに考える力や知識を身に付けてほしいという「親心」ゆえの行動も、エスカレートすると虐待につながりかねません。

「教育虐待」ともいえるこの行為は、命に関わるような緊急・深刻なケースが少ないため発覚しづらいうえ、加害親には虐待の自覚もないことがほとんどです。しかし将来的に、子どもの人生を大きくゆがめる危険性もあります。

「自分は苦労したので、子どもには英会話ができるようになってほしい」「自分はもっと良い大学に行きたかった、子どもには頑張ってほしい」――そんなふうに親は自分の後悔を子どもに託しがち。ですが、小児科医として36年勤務した経験に基づいた子育て論を『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』として上梓している高橋孝雄先生(慶應義塾大学医学部小児科教授)は「自分の後悔を子どもに託してはいけません」と言います。虐待に至る親の心理や、子どもの勉強にどう向き合うべきかを高橋先生に聞きました。

「家に帰りたくない」と訴える子どもたち、家庭介入難しい「教育虐待」

 「教育に伴う虐待対応は、東京では珍しくありません」

 都内にある福祉施設の児童虐待担当者は、こう打ち明けます。

 テストで100点を取れなかった子が父親から「努力が足りない」と顔を殴られた、「有名大学卒でなければ価値のない人間」と言う父親に反論したら殴られた、「塾の宿題が終わるまで寝てはいけない」と母親に深夜2時まで勉強させられ、揚げ句の果てに物を投げつけられてけがをした……。現場では日々、こうしたケースに対応しているといいます。

 「背景には、高学歴からくる優越感や、学歴が低いことへの劣等感、家庭の孤立や親族からの圧力、経済的な困難など、親のさまざまな事情があります。また子どもが発達の遅れや集団になじめないなどの『生きづらさ』を抱えている場合もあり、複数の要因が重なったときに虐待のリスクが高まります」(同担当者)

 学校や塾の教師から「子どもが家に帰りたくないと言っている」という相談が入ることも。しかし多くの場合、教師個人が気づいても組織として児童相談所(児相)へ虐待を通告するには至らず、SOSを出した子どもがすべて救われているとは言えません。

 また親が「やってしまった」と名乗り出るケースはほとんどなく、むしろ「子どもが勉強しない」という相談が目立つといいます。 この担当者は「教育に関しては、虐待について一定の知識がある家庭でも、人権を無視した行為が見られます。子どもにとって一番身近な施設である学校などを中心に、親子両方へのケアができればいいのですが……」と話しました。

 しかし、学校も対応には苦慮しています。ある小学校教師の男性は明かします。「本人の意思と関係なく、深夜1時、2時まで塾の宿題をやらせる親はかなりいます。教員としては一種の虐待だと思いますが、学校はなかなか介入できません。児相通告によって親子両方から『余計なことをして』と責められ、不信感を持たれるケースもあります」

「教育虐待」は過干渉の一種、関心は点数? 子ども?

 高橋孝雄先生は小児科医として36年勤務するなかで、子どもをビニール袋に入れて空気銃で撃つ、舌にたばこを押し付けるといった深刻な虐待ケースに多数関わってきました。豊富な診療経験から、次のように分析します。

 「教育の押し付けは、子どもへの関心が強過ぎるゆえに起こる『過干渉』の一種。虐待かそうでないかの分かれ目は、親の関心が子どもにあるのか、テストの点数や合格した学校などの成果にあるのか、だと言えます