基本的な能力は遺伝子が担保 親は安心して

 高橋先生は、障害があるなどの事情がなければ、計算力や語彙力、走る力などの基本的な能力は「遺伝子によって担保されている」と話します。「子どもが社会で生きていく力、言われたことを理解し自分の意思を表現する力は、堅牢な遺伝子によって確保されています。だから親は虐待してまで勉強させる必要はない。安心してください」

 これは「能力は遺伝子で決まるので、いくら勉強しても無駄」という意味ではありません。

 遺伝子は「オン」と「オフ」を繰り返しており、「オン」の状態が長いと使われやすく、「オフ」の時間が長いと使われにくくなります。継続的な学習は、遺伝子をスムーズに、効率良く使うことにつながるといいます。高橋先生は「努力して身に付けられることもあるのです」と強調します。「ただ、遺伝子が担保する以上の力をわが子に期待し、無理やり引き出そうとするのは親として過干渉。そんなことをしても多くの場合、得られるのは遺伝子の『ぶれ幅』程度の力にすぎません」

 受験に関しても、学力よりはむしろ志望校について親と話し合った経験や、自分の意思で進路を決めたという自己肯定感の高まりこそが、その後の人生にとって重要だと指摘します。

成長して引きこもるケースも 自己決定力が「やりたい」アンテナ育てる

 「親から虐待を受け、押し付けられるままに勉強している子どもは、自分自身で『やりたいこと』を見つけるアンテナがなくなってしまう。すると親の要求に応えられなくなったとき、一歩も前に進めなくなる恐れがあります」と高橋先生は話します。子どもが難関を突破して志望の中学や高校に進んでも、友人とのちょっとしたトラブルで学校生活がうまくいかなくなったり、大人になって引きこもったりするケースもあります。

 親にすれば、教育の機会を与えなければ、子どもの才能が埋もれたまま終わってしまう、という不安もあるでしょう。しかし高橋先生は「子どもに才能があれば、親が掘り出さなくとも自分で『これをやりたい』『これが得意だ』と悟るでしょうし、周りの人にも必ず見いだされます」と言います。

 「親が子どものやることを全部決めていては、『やりたいこと』を察知するアンテナは育ちません。何事も自分で決める力をつけさせ、アンテナをたくさん立ててあげてください」

(取材・文/有馬知子 イメージ写真/鈴木愛子)

高橋 孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学医学部小児科教授
高橋 孝雄(たかはし たかお) 日本小児科学会会長。小児科医としての勤務経験は36年に上り、現在も小児科診療や医学教育、脳科学研究に携わっている。慶應義塾大学医学部卒。近著『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』(マガジンハウス)。 50代でフルマラソンを始め、3時間半を切るタイムを維持し続ける自称「日本一足の速い小児科教授」。