同じ種類の在来生物でも、生息地によって遺伝子は異なる

 私は年に4回くらい、生き物との出会いを求めて海外に出かけます。どんな生き物がどんな場所に住んでいるのかを知るためです。生き物の形態は進化の歴史を表していて、環境に適応できたものが生き残っています。なので、「こういう形だったら岩の隙間に入り込むだろう」とか「指がこういう形をしていたら砂地にいて、砂の目の細かさもこれくらいだろう」というのは大体分かります。例えば、石灰岩でゴツゴツしているところには、アシナシトカゲがいる。足があると邪魔だからです。

 同じ種類の生き物でも、地域が違うと持っている遺伝子が違います。遺伝子を調べることで、系統や進化の過程が分かりますし、生物が自然の流れの中で進化していくことを妨げないようにしなくてはいけません。それが、生き物を移動させて野外に放してはいけない理由でもあります。

 実は日本の生き物でも、よその地域から連れてきたものは野外に放してはいけないのです。厳密に言えば、それも「国内移入種」という外来種になります。

静岡県東部に生息するとされるオカダトカゲ(写真左)とニホントカゲ(同右)。見た目の区別はつきにくいが、持っている遺伝子情報は異なる。人為的な移動は禁物だ(写真提供:加藤英明)
静岡県東部に生息するとされるオカダトカゲ(写真左)とニホントカゲ(同右)。見た目の区別はつきにくいが、持っている遺伝子情報は異なる。人為的な移動は禁物だ(写真提供:加藤英明)
静岡県東部に生息するとされるオカダトカゲ(写真左)とニホントカゲ(同右)。見た目の区別はつきにくいが、持っている遺伝子情報は異なる。人為的な移動は禁物だ(写真提供:加藤英明)

静岡で「ホタルおじさん」が放流していたのは…

 例えば実験を専門とする研究者は、実験で使ったイモリを終わった後に川に放すこともあるかもしれません。でも、静岡のイモリの遺伝子と他県のイモリの遺伝子は違うので、本当は望ましくないこと。生き物を一度移動させてしまったら、まず元には戻せません。カブトムシももともとは北海道にはいませんでしたが、ペットで持ち込んだものが逃げ出すなどして増え、野外でも見られるようになりました。こうなると、やはり取り除かなければいけない対象になります。

 前に地元の静岡で、地域の「ホタルおじさん」がホタルを川に放流していたんですね。「どこのホタルですか?」って聞くと、「インターネットで買って、富山から来たんだよ」と言うではないですか。一口にホタルと言っても、遺伝子も光り方もそれぞれ異なります。

 同じように、遺伝的に人間が改変したもの、例えば光るように遺伝子組み換えしたメダカなども、野外に放すのはよくありません。いずれその地域にいるメダカが全部光るようになっちゃうかもしれない。人為的につくられた品種も、ちゃんと管理することが望ましいです。

 まずは外来種と在来種のことを知ってもらって、その先には日本の生き物であっても、地域が違うものを放すことは好ましくないというところまで認識が広まってほしい。これにはあと10年くらいは必要かもしれませんね。

(取材・構成/日経DUAL編集部 谷口絵美)

加藤英明(かとう・ひであき)
加藤英明 静岡大学教育学部講師。1979年静岡県生まれ。静岡大学大学院教育学研究科修士課程修了後、岐阜大学大学院連合農学研究科博士課程修了。博士(農学)。カメやトカゲの保全生態学的研究を行いながら、学校や地域社会において環境教育活動を行う。また、未知の生物を求めて世界中のジャングルや砂漠、荒野へ足を運び、その姿は「クレイジージャーニー」(TBS)で「爬虫類ハンター」として紹介されている。外来生物が生態系に及ぼす影響についての研究にも取り組み、「池の水ぜんぶ抜く」(テレビ東京)に専門家として参加するなど幅広く活動中。第44回放送文化基金賞・出演者賞受賞。新著『爬虫類ハンター 加藤英明が世界を巡る』(エムピージェー)が発売中。