中学校の登校ゼロで、現在は新米記者とダンス講師をしている近藤彩希さん(仮名)。上編では自分と大事な人を傷つけないようにするためには自分の気持ちをきちんと伝え、次に歩き出すことが大事だという近藤さんの気付きを聞きました。下編は、フリースクールを経て、自分の進みたい道を見つけて歩き出した近藤さんの姿をお伝えします。

(上)働く親に「ごめん」と言われつらい気持ちを押し込めた
(下)中学は登校ゼロで高校へ 留学を経て今は新米記者 ←今回はココ

学校に行っていなくても大丈夫。生き方はたくさんある

 「中学は3年間行かないから、諦めてほしい」

 その宣言どおり不登校を貫いた近藤さんは中学2年生の頃まで週に2~3回、学童時代に知り合った指導員の自宅で過ごしていました。中学時代は全く勉強をしなかった近藤さん。

 中学に入学するときに3年間行かないという決断をした以上、どこかで踏ん張らないといけない

 そう覚悟していた近藤さんは自分ができること、自分のためにやれることは何だろうかと考えるようになります。そして中学2年生の夏休みのとき、近藤さんはカウンセラーに勧められたフリースクールに行ってみることにしました。

 週2日のフリースクールは近藤さんにとって、居心地のいい場所でした。たまたま自分とタイプが似ている同学年の友達とも出会います。

 「フリースクールがない日も友達とお互いの家に遊びに行くようになりました。それまでは休みの日もあまり外出しなかったのですが、この頃には一人で出掛けたり、フラダンスを習っていた母親の影響で、私もフラダンスの教室に通ったりするようになりました」

 近藤さんの母親がフラダンスを始めたのは近藤さんが不登校になってしばらくしてから。「母にとって息抜きになっているんだな」と近藤さんは考えたそうです。

 人生をうつむき加減で考えていた近藤さんも、友達と一緒に過ごしたり、フラダンスを楽しんだりしているうちに気持ちが整い始め、少しずつ前を向けるようになっていきました。不登校になった頃から、学校に復帰するなら高校からと思っていたこともあり、進学しようという気持ちになっていきました。

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次ページから読める内容

  • 高校生になったら踏ん張る。そう決めていたから踏ん張れた
  • 不登校の先にも道はたくさんつながっている

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