様々な国の国語の教科書を見て気がついたこと

 ヒントに気がついてからはいろいろと模索しました。そんな中、たまたま結婚してつくばに住み、筑波大学のドイツ人教師と知り合いになりました。そこで彼女に頼んで、ドイツ語の教科書を買ってきてもらったのです。そして、それに全部目を通したとき、ドイツ語の教育が数学と同じように積み上げ式だった事実を知りました。

 「言語を技術=スキルとして積み上げていたんだ」と。

 私が西ドイツに渡ったのは中学校2年生で、中学校3年生からは応用編に切り替わる段階でした。たし算やひき算もできないのに、いきなり「方程式を解け」と言われているようなものだったのです。それ以前の小学校の時期に身に付けていたものが、日本とは違った。それからいろんな国の国語の教科書を調べて、違いが分かってきました。

アジア系以外の母語教育は積み上げ式だった

 こうした調査を通じて、なぜ欧米の子どもたちが、ドイツ語を覚え始めると、授業についていけていたのかが分かりました。当時の私はいつも「なぜ同じレベルで作文を書いているのに、彼らは評価されて、私は評価されないの?」と思っていましたから。彼らが議論に参加して、作文でいい点を取っていたのがすごく不思議でした。

 母語教育の方法がどう違ったのか。それは次回以降で詳しく説明します。

 グローバルな視点で母語教育を見てみると、欧米では英語だろうが、ドイツ語だろうが、スペイン語だろうが、言語技術というスキルの部分(図2)が共有されています。だから、自分が必要とする国の言葉さえ覚えてしまえば質の高いコミュニケーションが取れるのです。

【図2】
【図2】

 例えば、英語の教科には「イングリッシュ・ランゲージ・アーツ」というのがあるんです。どういう意味かというと「言語を使ったスキルを身に付けよう」です。これは英語の教科書ではなく、「Language Arts(ランゲージ・アーツ)」の教科書です。日本の英語教育は、この部分を勘違いしています。

 最近、早期の英語教育の是非が議論されていますが、発音と単語を覚えるという点では訓練になると思います。それは3歳ぐらいまでに音を作る機能が決まってしまうからです。もちろん単語も小さいころからたくさん触れていたほうが覚えます。でも、だからといって「アカデミックでロジカルな英語が話せるか」といえば、それは全く別の話です。

 グローバル社会になって海外の人たちとコミュニケーションを取る機会が増え、日本でも「言語技術」に目が向くようになりました。学校教育でもアクティブ・ラーニングなどが取り入れられて様々な改革が進んでいますが、私はその前にその土台となる「Language Arts(ランゲージ・アーツ)」があることを多くの方々に知ってもらえることを切に願っています。

(取材・文/木之下潤 イメージ写真/iStock)

三森 ゆりか(さんもり ゆりか)
つくば言語技術教育研究所
三森 ゆりか(さんもり ゆりか) 東京都生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。中学2年生から高校3年生まで4年間を旧西ドイツで過ごす。1984〜1988年にドイツ式作文教室を主宰。1990年につくば研究学園都市に「つくば言語技術教育研究所」を開設。著書「絵本で育てる情報分析力」(一声社)、「外国語を身につけるための日本語レッスン」(白水社)、「論理的に考える力を引き出す」(一声社)、「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」(大修館書店)など多数。