子どもに幸せな人生を歩んでほしいと願うのは、親としての当たり前の感情です。ただ、「よりよい将来のため」と、過剰な教育を子どもに強いてしまうと、子どもが精神に変調を来し、健やかな成長につながりません。それどころか、青年期や大人になってから不安障害やうつ病といった精神疾患を発症してしまうことすらある、と専門家たちは指摘します。

「教育虐待」などと呼ばれ、近年、社会的に注目されるようになってきたこの問題について考える本特集。第2回は、「教育虐待」と「教育熱心」との線引き、共働き育児中の家庭で特に気を付けておくべきこと、教育虐待してしまう人の心理、教育虐待が起きやすい社会的背景などについてお伝えします。

【これって教育虐待ですか?】特集
(1) 親の過剰な期待 子に取り返しつかない弊害もたらす
(2) 「教育熱心」と「教育虐待」 線引きはどこに? ←今回はココ
(3) 子の幸せ見極め教育虐待を防ぐ NGワード&考え方
(4) 当事者が語る「こうして教育虐待から抜け出しました」
(5) 教育虐待 被害者が加害者になる負の連鎖を断ち切る

【連動マンガもぜひお読みください】
(1) 「うちは大丈夫」「皆やってる」が危ない教育虐待
(2) 「親の期待に応えたい」子にさせる忖度が虐待を生む

共働き家庭ならではのリスクもある?

 子どもの虐待問題は貧困などと密接に結び付きやすく、社会的な支援が必要な家庭で起きるケースが少なくありません。しかし、同じ虐待といっても「教育」虐待の場合、実は、経済的に余裕があり、何の問題もないように見える恵まれた家庭で起きるケースが少なくない、と複数の専門家が指摘します。

 「教育虐待」という言葉を社会的に広めるきっかけをつくった武蔵大学教授(教育心理学)の武田信子さんによると、教育虐待に走りがちな家庭には、
(1) 両親共に高学歴で社会的地位が高い
(2) 親が経済的事情などでかつて進学を諦めた
(3) 母親がキャリアを捨てて専業主婦になった
(4) 家庭の中で母親だけ学歴が低く、夫の親族から重圧を感じている
といった特徴があるそうです。

 夫婦共にキャリアをまい進している共働き子育て世帯の場合、(1)に近いケースが少なくありません。「両親共に高学歴の場合、『成績はよくて当然』という雰囲気になりやすいため、子どもにとっては生まれながらの重圧になりやすい。たとえ親が口に出して『勉強しなさい』『いい成績を取りなさい』とうるさく言わないとしても、子どもの側が親の意向をくみ取って、『期待に応えなくては』と頑張ってしまうパターンに陥りがちです」。神経・精神疾患を専門とする小児科医の古荘純一さんはこう説明します。

 また、共働き家庭の場合、子どもの教育も夫婦共に当たる場合が多いため、役割分担をしないが故のリスクもあるようです。「中には両親共に教育熱心で、子どもに対して、『あれができていない』『ここが心配だ』などと細かいところまで指摘して、まくし立てているご家庭もあるようです。ステレオのように両方から責め立てられると、子どもは逃げ場がなくなってしまいますよね」(古荘さん)

 ダブルインカムの共働き家庭の場合、家計に余裕が出やすいため、中学受験のための塾に高頻度で通わせたり、家庭教師をつけたりと、教育費にお金をかけやすいという特徴もあります。進学塾や教育熱心な私立中学の中には、テストの点数に応じて細かくクラス分けをしたり、学習内容を先取りし、年齢にそぐわないほどのハイレベルな内容を教えたりするところもあります。「そうした環境についていける子はいいですが、ついていけない子どもの場合、精神的に追い込まれてしまうこともあります。過度に競争的な環境に子どもを入れることも、場合によっては虐待になり得ます」(武蔵大学教授の武田さん)

小学校のうちからいくつも塾や家庭教師を掛け持ちさせ、夜遅くまで勉強を強いるような親の行為も教育虐待に当たる
小学校のうちからいくつも塾や家庭教師を掛け持ちさせ、夜遅くまで勉強を強いるような親の行為も教育虐待に当たる

 夫婦間でコミュニケーションが取れていない家庭の場合も、教育虐待につながることがあるようです。「もともと夫婦間が非常に不仲で、家庭の中での緊張が強いという状況は、それ自体が子どもにとっては心理的虐待といえます。そこにきて、夫婦で教育方針も異なり、それぞれが子どもに、自分の方針に従うように強要したりすると、教育虐待になります。子どもは、どう対応していいか分からず混乱してしまいますよね」(古荘さん)

 「これまで診てきたケースの中で、共働き子育て中の家庭が、特に教育虐待をする傾向が強いとは言えません」と古荘さんは強調します。ただ、共働き子育て中の家庭ならではの特徴や傾向の中で、上記のように、教育虐待につながりやすい要素がいくつかあることも事実。留意しておくに越したことはないでしょう。

 ただ、塾に通わせたり、親が教育方針を立てたりすること自体は、虐待というより、「親心からくる、善意の行為」にすぎないようにも思えます。「教育虐待」と「教育熱心」の間の線引きはどこにあるのでしょうか。

<次のページからの内容>

・「子どもの将来のため」という意図でもアウト
・見方を変えれば「教育ネグレクト」とも言える
・教育虐待が起こる「4つの背景」
・気を付けたい「経済的自立」と「精神的自立」のバランス
・褒めることで子どもを支配する「優しい虐待」もある  ほか