歩き出して早々に娘が「だっこ!」と泣き出す

 やはり、山をなめてはいけなかった。最初のうちこそルンルン気分で歩を進めていたが、やがてすぐに考えを改めることになった。険しくはないといっても、それでもやはり山道。道幅も、勾配の角度も一定ではないし、行く手には岩などの障害物も次々立ちはだかる。階段を上るのとは訳が違うのだ。大人からすればなんてことはない道も、小さな子どもにとっては厳しい試練に変わる。

 そんな初めての経験に怖じ気づいたのか、歩き出して早々に娘が「だっこ!」と言い出した。なんとかなだめようとするも、大粒の涙を流して抗議する。仕方ないので抱きかかえるも、バックパックを背負いつつ14キロ近くある子どもを抱っこして山道を歩くのはなかなかしんどい。一歩ずつ慎重に進みながら、「無謀な挑戦だったかなあ……」と早くも後悔し始めていた。

 とはいえ、怖いと感じたのは、単に慣れていなかったからだ。初めて目にする自然の光景の連続に、娘は次第にテンションが上がっていった。やがて「自分で歩く!」と言い始めたから、僕はしめしめとほくそ笑んだ。彼女は普段からお喋りな性格なのだが、この日はいつにも増して口数が多い。途切れることなく何かを話し続けながら、ノリノリで坂道を上っていく。時折、歌を歌うほどのご機嫌ぶりである。

 隣で見ていて驚いたのは、娘がわざわざ障害物のあるほうへ向かっていくことだ。ちょっとした出っ張りを見つけては、その上に乗って飛び降りたりしている。彼女にとっては、公園の遊具のような感覚なのかもしれない。楽なルートもあるのに、あえていばらの道を選ぶ。平坦な道はむしろつまらないという発想は、子どもならではといえるだろう。

 むき出しの土の地面の所々に、木の根っこがうねうねと飛び出ている。うっかりつまずいて転ばないように気を使うところだが、子どもの小さな足だとちょうど根っこと根っこの間の狭い隙間に収まるせいか、大人よりも歩きやすそうだ。

 「なんだか、天然のアスレチックみたいだねえ」

 妻が鋭い指摘をした。背中の次女も終始ニッコニコなので安心した。生まれて間もない彼女にも、自然の気持ち良さが伝わったのだろうか。アスレチックよりもこちらのほうが断然楽しい。自分まで、なんだか童心に帰ったようだった。

 後編に続く。

吉田友和
旅行作家
吉田友和 1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年、初海外旅行ながら夫婦で世界一周を敢行。2005年より旅行作家として本格的に活動を開始。国内外を旅しながら執筆活動を行い、短期旅行を中心に、ここ数年は“半日旅”にも力を入れている。著書は『3日もあれば海外旅行』『10日もあれば世界一周』(共に光文社新書)、『思い立ったが絶景』(朝日新書)や自身をモデルとしてドラマ化もされた『ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン』(幻冬社文庫)など多数。近著は『東京発 半日旅』(ワニブックス)。