テクノロジーで人生を豊かに。医療のためのシステムも開発

 バクシさんが心を動かされたのは、テクノロジーが人々の生活に関わることで、人生を豊かにする大きな可能性を秘めていることだ。膨大なデータをコンピューターに取り込み、学習させるマシーン・ラーニングの技術は、さまざまな分野で変革を起こすことができる。

 「なかでも、社会への影響が大きいのは教育や医療の分野です」(バクシさん)

 バクシさんが手掛ける、教育分野でのマシーン・ラーニング技術については、連載第2回でも紹介した。学習者にとって、「最適な学び方」はそれぞれに異なる。しかし、現在の学校では、一人の先生が多数の生徒を一度に教えているのが一般的だ。マシーン・ラーニングを使えば、個人の理解度に対応して、得意とする学びのスタイルに合った学習方法を取ることができる。

 さらに、医療分野でバクシさんが手掛けているのは、病気や事故でコミュニケーションが不自由な人が、人工知能(AI)を使うことによって、意思伝達がしやすくなる仕組みだ。米国国内だけでも年間、紙に印刷すれば何十億枚にもなるといわれる、脳波データの蓄積をコンピューターで解析し、バクシさんはプログラミングによって、個々に適した人工的なコミュニケーションシステムを開発する。

 バクシさんは現在IBMをはじめ、様々なテクノロジー関連企業と共に、報酬を受けずに、共同プロジェクトに関わっている。

 「企業から必要なリソースを提供してもらい、メンターのアドバイスも受けることができる。プログラミングをするのにとてもいい環境です」(バクシさん)

AIは脅威ではなく、スキルの幅を増強してくれるもの

 人工知能(AI)の最前線で研究開発をするバクシさんに、将来、AIが「人間の仕事を奪うのではないか」との懸念が広がっていることについて、聞いた。

 「AIなどの次世代テクノロジーは、人間にとって脅威となるものではなく、逆に人間ができることやスキルの幅をさらに広げ、増強するものだと思っています」(バクシさん)

 反復の要素が多い仕事なら、機械が代わりに行うようになるだろう。しかし、バクシさんによれば、どの仕事にもさまざまな側面があり、人間の思考によるクリエーティブな側面が含まれる。「すべてを機械に任せることができる仕事はとても少ないのではないか」と指摘する。

 さらに、私たちが生活している環境は、道路一つを例に挙げても、人間のためにデザインされている。機械が動作をするには適していない部分も多い。それならすべての環境を「機械のため」に再構築できるのか、といえば、それには多大なコストが伴う。今の段階では、機械を「人間に近づける」しかない。しかし、例えば車の自動運転でも、人間の環境に適した動作ができるようになるには「相当時間がかかるのではないか」とバクシさんは指摘する。