価値基準は金額ではなく、「自分にとってどうか」

 いい学校とかブランドとか、そういう世間一般の物差しとは違うところで生きている土屋家でしたが、「自分にとってどうか」という価値基準ははっきりしていました。欲しいものにはお金を惜しまないけれど、もったいないと思うものに関しては100円でもケチる。これは家族全員がそうです。父親も、100万円以上する万華鏡を「これは素晴らしい、欲しい!」と買う気満々で家族に相談しに来たと思えば、「この携帯電話の請求書、紙で送られてくると100円かかるから、ネットの請求書に切り替えてくれ」って言ってきます。

 相対的な額ではなく、自分にとってもったいないものと欲しいものの区別がはっきりしている。これはとてもすてきなことだと思っています。「100万円に比べたら100円なんてどうでもいいよ」なんて言っていたら、自分自身の感覚が鈍化しちゃうので。

 絵を見るときも、父には「最初に下の作者名から見ては駄目だ」と言われました。固定観念から入るな、自分がいい絵だと思って初めて作者の名前を見てもいいよと。そんなふうに、何かにつけて物事の本質を見るということは、親の教えとしてあったかもしれません。

高校の進路相談で、背中を押してくれた父の言葉

 音楽の道に進むことについても親に反対されたことはありません。中学のころから僕は音楽でやっていくと言っていましたし、大学には行くつもりだけど、バンドサークルに入って仲間を見つけるのが目的で、卒業するつもりはないということも伝えていました。それが唯一、親と話し合うことになったのが、高校の進路相談のときです。

 高校時代はコンビニでバイトをしていたんですが、一緒にバイトをしていた音大の女の子から「早稲田に入らなくても、早稲田のバンドサークルに入れるらしいよ」という話を聞いたんです。マジか? 俺は何のために勉強をしていたんだ? それなら別に大学に行く必要はないし、勉強しないで音楽をやろう。そう決めたのが高校2年の春ごろ。そこからは完全に昼夜逆転の生活です。曲作りのためにパソコンやキーボードを買い、夜中に曲を作って学校に行ってから寝る、の繰り返し。成績はみるみる底辺中の底辺になりました。

 自分で言うのも何ですが、通っていたのは結構な進学校で、大学に行かないなんていうのは全校生徒の中で恐らく僕だけ。進路相談の時期になって、一応親にも「バンドサークルに入るために大学に行くつもりだったけど、行かなくてもサークルには入れるらしい。だから受験はやめようと思うけど、どう思う?」と聞いてみました。そうしたら、日本画家土屋禮一が、初めて父として発言したんです。「親としては大学までは出たほうがいいんじゃないかと思っている。ただ、音楽をやりたいという話はずっと聞いていたし、おまえの言わんとすることは分からないでもない」と。

 父は、現代音楽の世界的作曲家、武満徹の話を引き合いに出して続けました。武満は音楽学校に一切入らず独学で音楽を学んだが、それは「やりたい気持ちがあればどこでも学べる」と考えていたから。だから、おまえも本気で音楽をやりたいと思うなら大学に行かなくてもいい。今からちゃんとやりなさい――。

 口では大学に行かないと言っていたけれど、それは若干強がりというか、成績も上がらないし、どこかで逃げの部分もあったんですね。そんなふうに内心迷いがあったなかで父に背中を押されて、僕も心が決まりました。

「父の言葉で、大学には行かず音楽をやるという決心が固まりました」
「父の言葉で、大学には行かず音楽をやるという決心が固まりました」