広告主が希望すれば、新しいジェンダー規範を打ち出せる

 この話題、きっかけは、私から髙田さんへの質問でした。「ジェンダーの観点で“新しさ”を感じるCMは、広告主と作り手のどちらが主導で進むことが多いのでしょうか?」

 質問の背景には、相次ぐジェンダー炎上問題と同じ議論の繰り返しがありました。例えば、一つのCMで女性の描き方が一面的である、と批判が起きると、必ずと言っていいほど「広告主の要望に沿っているから仕方ない」という反論を目にします。「それは、果たして本当なのだろうか?」「炎上ではなく、良い意味で新しいジェンダー規範を打ち出すようなCMも、広告主が望みさえすれば可能なのだろうか?」――、そういったことを知りたくて、お尋ねしました。

 広告の世界のダイバーシティー最前線をご存じの髙田さんによれば、「やはり、広告主が希望すると、新しいイメージを打ち出すことができます」。一例として挙げていただいたのは、魔法びん「サーモス」 のCMでした。

 このCMは日本が舞台です。とても暑かったり寒かったりする、過酷な環境で働いている人々が描かれます。例えば、ある獣医さんは、北海道の一面雪景色の中、ご自身が手当てした鷲を放ちます。その後、サーモスの魔法びんに入った温かいスープを食べてほっとする姿が描かれます。

 また、同じ製品の別のCMでは京都でかやぶき屋根の職人が描かれます。夏の非常に暑い日に、地上よりさらに暑い屋根に上って作業をする大変さと、かやぶき屋根という伝統的な手法で作られた建物の美しさへの思いが伝わってきます。仕事がひと段落したとき、冷たい飲み物を飲んで元気を取り戻す流れが描かれています。

 登場するのはいずれも、自然の中で働く人々。先に挙げた例で獣医さんは男性、かやぶき屋根の職人さんは女性でした。他にも様々なお仕事の人が登場しており、性別を問わず自分の仕事に誇りを持ち、やりがいを深く感じていることが短い言葉と動画から伝わってきます。

 キャッチコピーは「おいしい温度。」。サーモスの魔法びんが、温かいものを温かく、冷たいものを冷たく保つことを示しています。CMに登場する人々は、高い技能を持つプロフェッショナルであり、仕事に誇りと生きがいを持っています。人間がしている仕事の質の高さと、過酷な条件下でも温度を保つ魔法びんの機能の高さがシンクロしているように思えました。人も魔法びんも、プロとして当たり前のように良い仕事をしている様子に好感を持ちます。

 このウェブ動画シリーズ、様々な職業を描いたものを一緒に見た息子いわく 「ステレオタイプが、ないね」

海外広告やダイバーシティーを意識した広告などに詳しい、クリエイティブ・ディレクターの髙田聡子さん
海外広告やダイバーシティーを意識した広告などに詳しい、クリエイティブ・ディレクターの髙田聡子さん