2015年2月、35歳のときに「ステージ4の胆管がん」と診断された西口洋平さん。まだ小さい子どもがいる働き盛りの年齢でがん告知を受け、周りにがんの経験者もいなかった西口さんは、「同じような境遇のがん患者同士が交流できる場をつくりたい」と、2016年4月にコミュニティサービス「キャンサーペアレンツ~こどもをもつがん患者でつながろう」を立ち上げました。

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小さな子を持つがん患者 不安と悲しみの先の希望
西口洋平 ステージ4のがん経験 子に伝えたいこと

 その西口さんをホストにお迎えして医療関係者や子どもを持つがん患者の方にお話を聞く対談の第2回目、2008年に順天堂大学医学部附属順天堂医院に「がん哲学外来」を開設した医師・樋野興夫先生との対談下編をお送りします。

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自分の「死」について家族とどう話せばいいか分からない

西口洋平さん(以下、西口) 僕はがんになってから3年が経ちました。子どもにもがんのことは伝えてあるのですが、自分の状態を考えれば5年生存率が高くないのは分かっているので、遅かれ早かれ、先生がおっしゃったようにユーモアを持って死を伝えることが必要になってくると思います。

 でも、伝え方がよく分からないんです。「死」というのがどういうものか、僕自身も分かっていないというのもあるのですが……。

樋野興夫先生(以下、樋野) 奥さんには伝えていらっしゃるんですか?

西口 妻に対しても同じですね。妻は専業主婦なのですが、最初に入院して退院してきた夜に、「僕が死んだら働きなよ」というような話をしたのですが、妻からは「はいとは言えない」と言われました。そう答えると「(僕が)死んでも大丈夫」みたいな感じになってしまうというんです。

 そういうことがあり、家族と死について話し合うということに対して、ちょっと諦めている部分がありますし、家族のほうも「そんな話はしてほしくない」という思いがあると思います。でも、僕としてはやっぱり「いざこの1週間が勝負です」となる前に話しておきたいという思いもあるので、そこをどうやってコミュニケーションを取ればいいのかと悩んでいます。

樋野 そういう相談はたくさんあります。今まで相談を受けてきた中で、相談者の方の悩みは大きく3つに分かれます。

 一つは治療や自分の死というものについての相談。これが3分の1で、あとの3分の2は人間関係です。その半分は会社の人間関係、もう半分が家族の人間関係です。家族の人間関係では、夫ががんになったときには妻の余計なおせっかいに、妻ががんになったときには夫の心の冷たさに悩む人が多いですね。

西口 「余計なおせっかい」と「心の冷たさ」とは、具体的にはどういうことですか?

樋野 妻のおせっかいでよく聞くのは、「これががんに効くらしいから飲んで」とか、がんに効くという食材で作った食事を食べるように強要したりするケースです。心が冷たい夫というのは、がんで妻が家事を十分にできなくなったことに対して不満を漏らしたり、病気のつらさを聞いてほしいのに夫が疎ましく感じてしまい、残業を装って帰宅を遅らせたりするというケースです。

 これは日本人特有の家族の悩みだと思います。日本人は、同じ部屋にいてテレビを見たり、新聞を読んだりなど、「会話はなくても顔が見える距離で、苦痛を感じずに30分間一緒にいる」ということができないんです。

西口 そうですか? 普通に食事などで30分くらいは一緒にいるように思うのですが……。

樋野 がんになると敏感になるんですよ。健康なときには気付かなかったことに気付くようになる。そうすると、相手の顔を見て「この人は自分と一緒にいたくないのでは?」というようなことに思いを巡らせてしまうんです。

 そういう敏感になった相手と、同じ部屋に30分いられるかどうか。ケラケラ笑ったり、悲壮感を漂わせたりもせずに、ただそばにいることができるかどうか。家族ががんになったという現実に向き合って、相手に寄り添う気持ちを持つ、これが「対話」です。日本人はそういう訓練ができていませんね。

西口 言葉がなくても「対話」なんですね。では、がん患者のほうも死というものについて特に家族に伝えなくても、対話の中にそういうものが含まれていると考えればいいのでしょうか?

樋野 そうですね。無理に病気の話をすることはないですし、かといって全然違う話をいきなりしても、家族一人ひとり趣味も違いますから難しい。ですから一番いいのは、静かにテレビを見たり音楽を聴いたりしながら、苦痛を感じずに30分間一緒にいる訓練ですね。

西口 意外に難しいかもしれませんね。

樋野 そうなんですよ。簡単なようで実は簡単ではありません。ですから、がん哲学外来でもお茶は必需品です。お茶を飲んでいれば、黙っていても間が持ちます。話さなくていいから(笑)。