特集第6回は、豊富な校外授業や学校行事で子どもの自主性を伸ばす、筑波大学附属小学校の現場を訪問。副校長であり、小学校教育界で知られるカリスマ先生、田中博史先生にインタビューしました。聞き手は、先生が公立小学校の新任教師だったころの教え子である、日経DUAL編集長の片野温。新任時代から子どものやる気や能力を引き出してきた田中先生に、日常で実践したい、子どもの思考力や失敗を恐れない心の育て方について伺いました

【想像力で現代を生き抜く 子どもの「バカ」の育て方特集】
(1)社会を変えた天才は、みんな「バカ」だった
(2)長谷川眞理子 「バカ」は男が多くて女は少ない理由 
(3)子どもの「バカ」を育てるための5つのポイント
(4)福原志保 「壊れた洗濯機」と言われた少女時代
(5)僕が「そろばんオタク」で終わらなかったワケ
(6)カリスマ先生 「失敗目的」の経験が子どもを伸ばす ←今回はココ
(7)成田緑夢 自分との「誓約書」で東京五輪を目指す

「人と同じであることを望まない子」に育てる

片野(以下、――) 田中先生、大変ご無沙汰しています! こうして今回先生に再会できたのは、「子どもの『バカ』の育て方」特集を作るにあたって「バカ」の芽を摘まない方法を現場の方にお聞きしたい、と先生の新著『子どもと接するときにほんとうに大切なこと』(キノブックス)を手に取ったことがきっかけです。「もしかして、あのタナカヒロシ先生?!」と気付いたときの興奮ぶりといったら…。小学校で先生のクラスだったのは、私が5年5組のときです。

田中博史さん(以下、敬称略) 私は教師3年目でした。あなたは、私の愛車のボンネットに座ったことのある唯一の女の子(笑)。車の上でピースをし、みんなで写っている写真は今でも実家にありますよ。

―― えっ? そんなことありましたっけ! 田中先生は、出会いに本当に感謝したい恩師だとずっと思ってきました。3、4年生のころの私は、「あなたはこんなことしないわよね」「あなたはこの問題、分かるわよね」などと学校の先生が一方的に決めた枠や役割にはめられて、窮屈だなと思いながら生きていました。少なくとも、家の車以外のボンネットに座っちゃうような子ではなかった(笑)。でも、先生は私を押し込めていたそうした枠を、難なく取りさってくれました。「自分は自分でいい」と大きな気づきをもらったんです。

田中 そうそう、出会ってすぐ、背中に羽がポンと生えた感じだったよね。教師生活を通して強く思ってきたのは、「手を伸ばして飛び込んでみたら、はみ出したところにこんな知らない面白い世界があった!」と子どもたちに感じてほしいということ。子ども自身がそれを味わえたら、動きはイキイキしてきます

―― 先生は新任時代から、子どもを解放し、可能性を伸ばす教育を実践されていたんですね。今日はその具体的な方法論をたくさん伺いたいです。先生が20数年教えていらっしゃる筑波大学附属小学校は、全国の公立小学校の教育活動にも影響を与える研究校です。最先端の小学校教育の現場といえますが、先生たちは子どもにどんな力を身に付けてほしいとお考えなのですか?

田中 「人と同じであることを望まない子」に育てることを学校全体で意識しています。同学年でも隣のクラスと同じことはしません。クラスごとに違った場所へ遠足に行くし、他のクラスを驚かせるような面白いイベントをクラスごとに企画するなど、子どもたちに任せて実行させる機会がとても多いです。

―― クラス別の学校行事! なかなか見ない光景ですが、子どもたちはきっと楽しいですよね。

田中 やらせればやらせるほど、子どもたちは失敗します(笑)。それは、校外授業や学校行事が失敗することを前提に考えられているから。「失敗の経験」も大切に考えているんです。年間を通して行事はたくさんあります。年に数えるくらいしかないと失敗は許され難いものになりますが、多いと大人も子どもも一つの行事にかける期待や成果が分散されますし、途中からもし教師が手助けしてしまっても、失敗するチャンスはまだある。最終的に子どもが大人を頼るということにはならないんです。

 例えば、3年生になると、山梨県八ヶ岳山麓の清里高原へ合宿に行きます。行った先では、グループに分かれて自由行動。どこで何をするかはグループ内で考えさせ、大人は引率者として見守るだけです。

―― え、見守るだけ…。

田中 これはなかなか面白いですよ。皆さん驚きますが、こんな出来事がありました。

<次のページからの内容>
●成功させてやることに価値があるという考えを一旦捨てる
●大人は失敗を仕掛けている側だから、イライラしない
●「そんなのできて当たり前」の中に子どもを褒めるポイントがある
●「1つ下の学年の子はどんな間違いをする?」の質問の意図
●自分の枠のすぐ外側に「バカ」になれる宝物がある