オランウータンの研究者、久世濃子(くぜ・のうこ)さんは、毎年、東南アジアのボルネオ島(マレーシア)に行き、フィールドワークをしています。乳児を背負って密林の中でオランウータンを追いかけたこともあるそうです。前回の「狩猟採集の時代から『男女支え合う』がヒトの生存戦略」では共働きが生存戦略として有効である理由を進化の観点から伝えました。

子どもの態度が悪いときに、強く怒ってしまうことや、反対に子どもを自由気ままにさせたりすること、どちらも子どもにとっていいことなのかが分からず不安になってしまう経験はありませんか? 「しつけ」をめぐるモヤモヤについて聞きます。 (DUAL特選シリーズ/2020年8月4日収録記事)

―― 保育園の乳幼児クラスでは「ご飯を食べてくれない、いつミルクを卒業すればいいのか分からない」という悩みをもつ親は少なくありません。

久世濃子さん(以下、久世) まず、ご飯のことについてお答えします。サルは基本的に、固形物を食べながら母乳を飲んでいる期間が長いのです。現在の日本では、1歳半ごろにスパッと母乳を終わらせて固形食に移行する人が多いのですが、母乳は最低の生命線としてあるので、乳歯が生えそろう3歳ぐらいまで飲んでいてもおかしくはありません。私の場合、調査で海外に連れていくこともあったので、2人とも母乳は3歳にはやめたのですが、本人たちが飲まなくなるまであげたかったなと思っています。

 狩猟採集民の子どもたちは、4歳くらいになるまで母乳で育ちながら、大人が食べる物を少しずつ食べて過ごしています。考えてみてほしいのですが、狩猟採集の社会では離乳食になるような柔らかいものはほとんど取れませんし、毎日毎食、栄養バランスがいい食事は用意できません。

 ちょうど第1子の出産直後に、『BLW(Baby-Led Weaning)』の英語版(邦訳はジル・ラプレイ、トレーシー・マーケット著『「自分で食べる! 」が食べる力を育てる:赤ちゃん主導の離乳(BLW)入門』)を手に取る機会がありました。「果物や茹でた野菜、パン、パスタなどをペースト状にせずに与え、赤ちゃんが食べたいものを自分で食べる」という食事法を紹介している本です。BLWのおかげで手間もかからず、離乳食を食べないという悩みとも無縁でした。それからWHO(世界保健機関)の『補完食ガイド』も参考になりました。「生後6カ月以降は食事から鉄分をとることが重要」という記述も、狩猟採集社会では赤ちゃんが動物の肉や血、内臓や骨髄を口にする機会も多いので納得できました。ヒトの脳の発達にも鉄分が必要で、これは基本的に植物食である他の霊長類とは大きく異なる点です。

 私は、人類の歯や骨について研究をしている自然人類学の研究者、馬場悠男先生の言葉を参考にして、子どもが6カ月の時からフランスパンをかたまりのままあげていました。馬場先生は「人類がかたまりの肉を食べていたときのあごの動きに最も近いのは、フランスパンの丸かじりだ」と言っていたからです。6カ月の乳児は、フランスパンを食いちぎることはできませんが、しゃぶって柔らかくしてから、少しずつ飲み込むことはできます。「狩猟採集の時代は、こうやって肉や硬い食べ物を食べていたのかな」と思い、見ていて楽しかったです。おにぎりよりも食後の片付けが楽なので、子どもが小さい頃はいつも小さなフランスパンを持ち歩いていました。

フランスパンをしゃぶる二女(生後7カ月)
フランスパンをしゃぶる二女(生後7カ月)