海外の性教育について知ると、日本の性教育がずいぶん独自路線だということが分かってきます。そもそも「学校では性教育がほとんど行われていない」ということが、これから国際社会に出ていく子どもたちにとって、どう影響するのでしょうか。出産・育児ジャーナリストの関川香織さんが、世界の性教育に関する共著書がある埼玉大学教育学部教授の田代美江子先生に話を聞きました。

海外の学校での性教育では、ユネスコの「ガイダンス」を参考にしている

関川(以下、――) 海外の性教育は、ユネスコ「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(以下「ガイダンス」と表記)を基準とするように努力している、でも、日本の性教育はガイダンスとかけ離れている、という話を、この連載の取材の中でも聞いてきました。そもそも「ガイダンス」はどういうものなのでしょうか。

田代先生(以下、田代) ユネスコの「ガイダンス」は、教育・福祉・医療現場に生かすため、つまり学校、教育現場の人たちのために書かれたものなんですね。学校の役割とは何か、といったことも示されています。ユネスコが2009年に「ガイダンス」を発表して約10年になります。この10年で、世界の各地では性教育のさまざまな取り組みが進み、2018年には改訂版も出されました。

 アメリカの全米性情報性教育協議会が、「包括的性教育のガイダンス第3版」を2004年に発表し、これもユネスコのガイダンスの基盤となっています。その後、2010年にはヨーロッパでも「ヨーロッパにおけるセクシュアリティ教育スタンダード政策作成者、教育・健康関係当局および専門家のための枠組み」(以下、「スタンダード」と表記)を発表しています。

 世界には、宗教上の問題などから、性に触れられない文化もあります。貧困で搾取され学校に行けない子どもたちもいます。「ガイダンス」は、こうした全ての子どもに性教育をどう届けるかを目的に作られています。ヨーロッパは性教育が進んでいるといわれるけれど、一概にそうとは言えません。確かに北欧では充実していますが、約70%がカトリック教徒のスペインでは性について話すことをタブー視する文化が根強くあります。

 思春期にあたる8~16才という子どもたちが、共通してアクセスする場所として、学校は重要な場所です。その学校で、人権を基盤に性についてのポジティブなイメージを培ってほしい、ということがユネスコのガイダンスの基調になっています。そういう意味で、日本の今の学校教育、学習指導要領は、このガイダンスからはほど遠い、といえます。

 ヨーロッパだけでなく、日本に近いアジアの国とも、日本はずいぶん差があります。中国の中学校の生物学の教科書では、人間の生殖はもちろん、試験管ベビーや染色体、分娩についても図解で説明されています。

 お隣の韓国でも、小学校段階の保健のテキスト『生活の中の保健』では性暴力、ボディイメージといったことも取り扱っています。これにはナプキンの種類まで掲載されています。

 一方で、日本では性について生物学的にしっかり学ぶ機会はほとんどありません。これは、学習指導要領の「人の体のつくりと働き」の項目で、「主な臓器として,肺,胃,小腸,大腸,肝臓,腎臓,心臓を扱うこと」という指示を反映するものです。結果として卵巣、子宮、精巣といった生殖器が扱われず、生殖について学ぶこともないのです。

―― こうした状況の日本で、親は子どもたちに性についてどう伝えたらいいのでしょうか。

田代 まず、一番基本的なことですが、「ガイダンス」もヨーロッパの「スタンダード」も、性教育を包括的なものとしてとらえていて、性の生理学的な面だけでなく、むしろ、「人間関係」、「体観」、「ジェンダー」を大切なこととして扱っています。

 そして子どもが小さいころから、性について「話す」ことが大切だと述べています。それは、体を大切にするということを、折に触れて、様々な形で話すことです。それがポジティブな「体観」を培っていきます。