登壇した20代の女性は、父親がもし目の前にいたら、と想定した会話の中で、「働かなくちゃいけないのは、分かってる。でも、体が人と関わることを拒否する」と、声を絞り出しました。女性の父親は、仕事から帰宅した時、疲れていたり機嫌が悪かったりすると、玄関から彼女たちのいる居間へ寄らず、直接自室へ入ってしまうといいます。「寂しい。居間に来て『疲れてるんだ』とか、一言でも言ってくれれば、もっとお父さんに近寄れるのに」  

 女性が中2でいじめに遭った時も、気づいた様子はありませんでした。「私なりにSOSを出したつもりだったけど、お父さんからは『学校生活はどうだ?』といった言葉もなかった。子育てに無関心だったのは、仕事が忙しかったから? お父さんは子どもを持つことを、本当に望んでいたの?

 時には涙を流して語る女性の言葉に、会場は静まり返りました。女性の家庭には「弱みを見せちゃいけない、という空気がまん延して」いたといいます。「社会にも同じ空気があるように感じます。しかし苦しんでいる人は存在する。苦しみを吐き出せるよう、社会が変わっていけばと思います」と話しました。

社会の「恥」から「少し違う生き方の、良き隣人」へ

 このイベントは3月から始まり、6月で3回目。次回開催は8月の予定です。池井多さんが、イベントのタイトルを「対話」ではなく「対論」としたのは、たとえ議論になったとしても、本音をぶつけ合う場でありたい、と考えたからです。 親は「わが子が加害者になったらどうしよう」「働かないで、どうやって生きていくのか」「私が死んだらどうするつもりなのか」など、さまざまな不安を抱えています。しかし子どもを刺激するのを恐れて、普段家の中ではそうした思いをなかなか口に出せません。

 池井多さんは「波風を立てるのを恐れて本音を言えないまま、会話がなくなる方が危険です。子どもも親も、どんどん孤立してしまいます」と話します。そして、親子間だけでなく、社会に対しても、自分たちのことを語ろうと呼びかけます。

 「子どものことを隠すのではなく、どんどん表に出し、周りの人に『うちの子ひきこもってるのよ』と気軽に話せるような社会になってほしい。当事者を恥ではなく『ちょっと違う生き方をしている、良き隣人』と社会が認識するようになれば、いたましい事件は起こらないと私は思います」

取材・文/有馬知子 イメージカット/PIXTA

ひきこもっている人や家族の相談先

ひきこもり地域支援センター
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/hikikomori/

KHJ全国ひきこもり家族会連合会(全国に支部があります)
http:https://www.khj-h.com/meeting/families-meeting-list/