トシさんは休職中の2016年ごろから、当事者の自助グループや対話の会に顔を出し始めました。「長期のひきこもり当事者に数多く出会えて、自分だけではないと心の重荷が下りました。今は彼らとのつながりが心の『杖』。なくなったら生きていけません

 翌年には仕事を再開。過去の失敗を踏まえ、時間にゆとりのある週4日勤務を選びました。一人暮らしを始めた当初は無駄遣いもしましたが、今は家計のやりくりも覚えて「安いパンの耳やもやし、半額のお総菜などを買っています」と笑います。通信制大学も受講し始めました。それでも、自分はまだ「ひきこもり」だという思いを捨て切れないといいます。

 「外形的には『元』ひきこもりかもしれませんが、他の人との違いに、苦痛を感じることも多いのです。例えて言うなら自分だけ違う民族になってしまったような感覚すらあります」。両親に対する負の感情は、昔ほど強くはないものの、今も距離を置いています。「中学のことは今も許せないし、故郷に帰ると考えるだけで、積み上げてきたものが全部崩れるような恐怖を覚えます

いじめの環境変えてほしかった 「学校に戻る」を目標にしないで

 トシさんは、いじめを受けた時、両親には何よりも「環境を変えてほしかった」といいます。

 「両親はずっと、僕が『普通の道』に戻ることにこだわり続けました。転校させるなり、せめてクラスを変えるよう学校に頼むなりして、環境をリセットしてほしかった。不登校の子どもに『休んで元気をつけて、学校に戻ろう』と言う親がいますが、『戻る』ことを目標にしないでほしい

 両親は「中学、高校、大学へ進み正社員になるという一本道の価値観」から離れられず、それが結果的に、道から外れたトシさんを長く苦しめました。現在は、IT技術の進化などで、在宅でもスキルや知識を習得しやすくなっています。トシさんも「10代の自分がここにいたら、ゲームクリエイターになるためのプログラミングの本を渡している」と話します。

 「不登校やひきこもりは、誰にでも起こりうると思います。親はそれを、子どもが育つ道の一つとして認めてほしい。そうすれば本人の精神的な負担はだいぶ軽くなり、勉強などに前向きに取り組む余裕も生まれるのではないでしょうか」

取材・文/有馬知子