中学の出席扱いになるからと、不登校児を対象とした学習センターに通い始めます。しかし勉強する時間はあまりなく、ビデオを見たり、読書をしたり。「だから数学や英語など、中2で止まっている知識がすごく多いです」。用事ができてやむなく中学へ行く時は、顔も上げられず「視野が真っ黄色になって、吐きそうになりました」

 そんなトシさんを面白がって、同級生たちは家をのぞきに来ました。友人や家庭訪問に来た先生から「みんながどれだけ迷惑していると思ってるんだ」と責められもしました。当時はやっていたテレビドラマや音楽は、同級生が同じものを楽しんでいると思うと、見たくも聞きたくもありません。ゲームですら「同級生に見つかったら『学校を休んでゲームしている』と言いふらされる」という恐怖がつきまとい、日が暮れて雨戸が閉まるまで、電源を入れられませんでした。学習センターへ通う時も、親の車の中で身を縮めていました。

 母親には「(加害者に)負けるもんか、こんちくしょうと思わないの?」と言われましたが、トシさんに戦う力など湧いてきません。高校に進学しても、加害者から逃れることはできませんでした。彼らは登下校の電車でトシさんに偶然会うと、友人にわざと「トシはいかにおかしなやつか」を声高に語ったのです。電車にも乗れなくなり、1年ほどで退学。ひきこもり生活が始まります。

家族関係まで崩れていく どん底の中、たたき壊した卒業アルバム

 トシさんが、過去に育んできた「正しいことをすれば報われる」という価値観は、いじめによって根底から覆されてしまいました。同級生の嘘や暴力がまかり通る中、親から教わった道徳心や正義感は何の役にも立たない、むしろ自分を追い詰めたという不信感さえ生まれました。

 こうして両親との関係も、悪化していきます。父親は、貧しい中で大学を卒業した、真面目で勤勉な人物です。それだけにひきこもりの息子は、理解し難い存在でした

 「なぜ五体満足なのに、そんなことをしているんだ」
 「俺たちは、毎日頑張ってるのになあ」

 父親の嘆きを聞くたびに、トシさんは「もっともだ」と思い、自分を責めました。母親も始終、泣いたり怒ったりしました。トシさんはそんな母親にいら立ち、怒鳴りつけたこともあります。「僕自身、出口の見つからない苦しみの真っただ中にいました。でも親は『ゲームばかりしている』と思ったようです」。トシさんのつらさに、寄り添ってはくれませんでした。

 優しかった祖母が亡くなり、家庭での孤立はさらに深まりました。