もし、わが子が家にひきこもったら――?

子どもが学校に行きたがらなかったり、子どもの友人関係がうまくいかなかったりした時、ふとこんな考えが頭をよぎる親は多いのではないでしょうか。内閣府によると、社会とのつながりをほとんど持たずに生活する「広義のひきこもり」の当事者は、2015年の調査で推計約54万1千人。しかもこの調査の対象者は15歳~39歳の男女で、実際は40代以上の当事者も多数存在します。

一言に「ひきこもり」と言っても、当事者の人生は実に多様です。暗い部屋でゲームやネットに向かう若者、といったステレオタイプとも思える人がいる一方、コンビニなど自宅周辺なら出歩ける人、中には体力維持のため、夜中のジョギングに精を出す人も……。彼ら一人一人の事情を知ることが、不安な親に何らかのヒントを与えるかもしれません。

1回目に登場するのは、母親の希望通りに一流大に入り、大企業の内定を得た後、ひきこもった男性(56歳)。母親によって「うつ・ひきこもりの時限爆弾を、体に埋め込まれた」と語ります。

 この男性は、うつ病を発症し、生活保護を受給しながら都内で生活しています。一方で「ぼそっと池井多」の名前でブログを書くなど、ひきこもり当事者の実態を伝える活動もしています。

 彼が育ったのは父親が会社員、母親が自宅で学習塾を開く中産階級、外見的にはいわゆる「普通の家庭」です。彼自身も、著書がジャーナリズムの賞を取るほどの優れた文才を持ち、4カ国語の読み書きができてバイオリンとピアノも弾けるなど、多くの才能に恵まれています。そんな彼がどうして、ひきこもりになったのでしょうか。

自分を責める「お母様」、緊張の連続だった子ども時代

 「母は常に、ピキッとした顔で自分を責めてくる存在。家に安らぎなどありませんでした」

 子ども時代の池井多さんの日常は、ヒステリックな母親に戦々恐々とし、「交感神経が働きっ放しの、過剰な緊張状態」の連続でした。

 幼い頃は、「この子を殴って」と言う母親の言葉に従い、父親が池井多さんをベルトで殴るといった身体的な暴力も頻繁にあったといいます。しかし、池井多さんが本当に傷ついたのは暴力ではなく、あらゆる面で意思を押し付け、失敗した責任はすべて彼に負わせる母親の言葉でした。夕食一つとっても「スパゲティが食べたいならそう言いなさい!」と無理やり池井多さんが「望んだ」ことにされ、食が進まなければ「あんたが食べたいって言ったから作ったのに!」と激昂。そして父親のせっかんが始まる……。万事、この繰り返し。

 母親は進路についても、幼い息子に言い続けました。

 「一橋大に行きなさい。お父様みたいに学歴はない、収入は低い、地位もない人になったらおしまいよ」