日経DUAL創刊時から、連載「ママ世代公募校長奮闘記」を執筆してきた大阪市立敷津小学校・元校長の山口照美さん。2016年4月からは公教育に関わる職務に就き、DUALでも「山口照美 20年後の未来を生きる力を育てよう!」で熱い言葉を届けてくれました。そして、2018年1月からは、大阪市生野区の区長として、子育て世代だからこその「まちづくり」を考えます。

* 本連載の最後のページには、《区長に質問!コーナー》があります。行政に対する素朴な疑問に山口さんが答えます。ぜひご覧ください。

子どもの時に受けた心の傷は、残り続ける

 「虐待は連鎖する」という言葉は、呪いのように自分にまとわりついている。小学校3年生ぐらいの頃から、心から安心して家で過ごしたイメージはない。継母や父親に抱きしめられた記憶も、手をつないでもらった思い出もない。アルバムには、妹が生まれる3歳ぐらいまではそんな写真もあるが、その温もりは残っていない。その代わり、「目をつぶりなさい」と立たされ頬に飛んでくる平手打ちの痛みが、胸にこびりついている。いつも妹と比べられては「鈍い、汚い、かわいくない」と投げつけられる言葉の暴力。

 口紅を引く時、今もふと蘇ってくる。「あんたの唇はウソつきで心が冷たいからそんなに薄っぺらいんだ。見てみなさい。妹の唇は、ふっくらしてバラの花びらみたい」……今、文字にしてみると滑稽なセリフだが、30年以上たってもとげは抜けない。リップライナーで、少し大きめにラインを描き足す自分がいる。

 それを虐待というのだ、と当時の私も継母も意識しておらず、そして継母の記憶の中では過去の出来事は消え去っている。自分も親になり、24歳の彼女がいきなり受け取った1歳の子を大きくした苦労も分かるだけに、今はそれでいいとも思っている。
※過去記事「あのとき継母が私にしてくれたこと」

 ただ、 私の人生と子育てに連鎖しては困る。民間人校長になった時、下の子は9カ月だった。早々に保育園に入れ、夫がほとんど育てた。勤め先の子どもたちの成長を喜ぶ半面、夢中になって子育てができない自分、疲れているときに子どもに生返事しかできない自分に気付き、私はわが子の愛し方を知らないのではないか、とゾッとする夜もあった

6年前、民間人校長になって着任した学校の中庭で。春休みの間に、家にあった本や資料を運び込んだ。息子は今年、この小学校に入学する