お互いに“言える雰囲気”は、一緒に食卓を囲むことから生まれる
―― お店に入ってすぐ感じたのですが、スタッフの方たちのテキパキとした気持ちよい接客に驚きまして。接客の心得など、何か特別な教育をされているのでしょうか?
田口 そんなふうに言っていただいてうれしいです。今、コーヒーの自家焙煎やスイーツ・パンの製造も含めて12人ほどのスタッフが働いていまして、折々に様々な分野の研修を行っているんですね。特に接客するうえで大事にしていることがいくつかあります。その一つが「お客様の立場に立って想像すること」なんです。
バッハはお店がこの一店舗しかありませんので、ふらっと立ち寄るコーヒーショップとは違って、遠方からわざわざうちのお店を目指して来る方が多いんですね。しかも最寄り駅からも少し距離があるので、スタッフには常々こう投げかけて、お客様の気持ちを考えてもらっています。「最寄りの駅からお店まで歩いてみてごらんなさい。お客様はどんな思いでここまで来るのか、想像してみたらどう?」と。そうすると自然と「ようこそお越しくださいました!というありがたい気持ちになるし、お客様のために心安らぐ空間を作ろうと思うんじゃないかしら」と伝えています。
―― なるほど。入った瞬間から別空間に来たような感覚になるのは、皆さんのそうした温かい心が行き届いているからなのですね。
田口 ありがとうございます。皆に伝えておきますね。二つ目に心がけているのは「お互い包み隠さずコミュニケーションをとる」ということですかね。スタッフ同士で「今日はお客さんとこんなことがあった」「お客さんとこんな会話があった」など、良かったことも失敗したことも報告し合ってお互いの糧にしていくんです。自分の都合のいい情報だけを共有しても、それ以上成長できないですからね。そういう意味では“言える雰囲気”をつくっていくことが大事なのかなと思います。
―― それって職場だけではなくて、親子や夫婦間のコミュニケーションにも生かせますね。お互いの絆を深めるうえで大切なのは、自分に都合の悪いことでも話せるかどうかですものね。お店でどんなことでも“言える雰囲気”をつくるために、何かされていることはありますか?
田口 そうですね。特に意識しているわけではないですが、やっぱりスタッフ同士で食事を共にする、ということでしょうか。今は労働基準法の関係で時間的に厳しくなってしまったので、地域のお店からお弁当を頼んで一緒に食べているのですが、以前はまかないを作ってワイワイ食べていたんですね。普通の家庭料理なんですけど、「今日は知り合いの農家さんから新米が届いたから、これで何か作ろう!」とか、そのとき入った旬のものや食べたいものを作って食べる時間を大事にしてきました。
―― 仲間と一緒に食事を取ることで、自然と心の距離が縮まっていくんでしょうか?
田口 それは大いにあると思います。仕事中とは違う、「素の顔」が見えますからね。それは家庭でも同じなんじゃないかしら。パパやママはお仕事、子どもは習い事や塾などで、皆それぞれに忙しいですが、なるべく家族で「顔」を見合わせて食卓を囲むのはすてきなことだなって。その時間が家族の絆を深めるし、何より「子どもの心や体や五感を育むこと」にもつながるんじゃないかと思うのです。
(文/伯耆原良子 撮影/吉澤咲子)