「知事が妊婦に。」という動画をご存知ですか。昨年、九州・山口から発信されたこの妊婦体験ムービーはまたたく間に世界中で大きな話題となり、これまで世界188か国で視聴され、再生回数は2,900万回を越えています。この動画の仕掛け人である佐賀県の山口祥義知事に、制作秘話をはじめ、ご自身の育休体験や思いについて伺いました。聞き手は日経DUALの藤井発行人。お互いに女性部下を束ねるリーダーとして、本音で語り合いました。

■前編 “妊婦知事”ムービー拡散の秘訣「絶対に茶化さない」
■後編 「お前が産むわけじゃなかろう」男性育休の壁に挑む ←今回はココ

日経DUAL発行人 藤井(以下、――) わたし自身、女性メディアの編集部門25人の女性編集者のうち16人が子育て真っ最中という中で、マネジメントしています。その中で、産休育休中のフォローや切迫早産対策のフォローなどは日々しています。ところが、「知事が妊婦に」の映像を改めてみて、さらに気づきがありました。一見、順調な経過の女性でも、彼女たちは働いているだけじゃなくて、すでに負担のある子育てを始めているんですよね。日経DUALでいうところのマイナス1歳からの子育てです。山口知事は総務省の官庁キャリアとして、育児休暇を取られています。マイナス1歳からの子育てという意識は、もともとありましたか。

山口知事(以下、敬称略) いえ、この動画にあるような妊婦さんへの意識はなかったですね。育児は意識していたけど、マイナス1歳には全く思いが至らなくて、自分自身も今回の経験で気付かされました。

―― 育児休暇は、いつどんな理由で取られたのでしょう。

山口 12年前、男女共同参画とか男が子育てとかいう雰囲気は、ほぼない時期でした。私の場合は、必要に迫られて取ることになったんです。うちは子どもが3人いて、3人目が生まれるときは総務省から鳥取県に出向していて、妻は帝王切開で入院するので、上2人の面倒をみるのは私しかいなかった。

―― まわりはどんな反応でしたか。

山口 ちょうど議会に入りかけたタイミングで、部長である私が本会議に出なければならないのだけど、子どもがいると出られない。ひとりは幼稚園でしたが、ひとりは未就園でずっと世話をしなければいけないので。

 まずは片山知事に相談しました。すると、片山知事は子どもが6人いらっしゃって、自分も昔同じことをチャレンジしたけど、上司から「お前が産むわけじゃなかろう」と返されてあきらめたと。自分はそんな上司になりたくないから育児休暇をとりなさい、そのかわり「体験をちゃんと語りなさい、隠すことじゃないから」と、非常に開明的なことを言ってくださったんです。

 その足で議会に行ったら、今度は「お前は何しに鳥取に来てるんだ、仕事をするためだろう」と言われて。当時は、そんな雰囲気が当たり前でした。でも、「やむを得ないので」「問題がないようにきちんとしますから」と説明して回ったら、他の県議たちが「いいじゃないか」と声を出してくれたんです。鳥取は女性の議員が多くて、それは認めるべきだという雰囲気にガラッと変わりました。それから、僕が途中から本会議に出たとき、その女性県議が一般質問に立ち、「部長は育休でどういう体験をしたのか」と質問されました。答弁が議事録に残っていると思います(笑)。

―― どのくらいの期間だったのでしょう。

山口 2週間でしたが、当時は死ぬほどの覚悟だった。今なら1か月2か月、もっと取るけれど。そのときに妻の大変さがよくわかりました。朝から晩までいろんなものがひっきりなしにやってきて、大変。食事と弁当を作って、掃除して、子どもを送って、子どもが熱出したりして。

―― まさしく。大変ですね。

山口 しかも、普段やってないから要領が悪い。ソーセージでタコ作ろうとか余計なことすると訳がわからなくなってきて、だから余計なことはしない、シンプルにしようと学びました。

 育休とはいえ忙しい時期だったので、子どもを連れてたまに県庁に顔を出しました。夜のパーティも子連れで、そのときに浦安の商工会議所の女性会頭にお会いしたらすごく感動されて、僕のことをあちこちで話されたらしく、当時の新聞にも結構載りました。そのくらいセンセーショナルだったみたいです。

―― まわりへの波及効果はありましたか。

山口 そう、それから鳥取県の男性職員の育児休暇取得率は3~4倍に急に跳ね上がった。やはり中間管理職の意識が無言のストッパーになっていたのだと思います。部長が取れば課長は何も言えなくて、みんなが取りやすくなるという効果があった。そのときからの経験から、リーダーがまずやることの重要性を実感しました。それが今回のワーク・ライフ・バランス推進キャンペーンや「知事が妊婦に。」にもつながっています。

―― では、育休を取るか悩んでいる男性読者や上司に対しては、どんなアドバイスを。

山口 悩まずに取ってほしい。もっと素晴らしいものを持って職場に帰ってくるから。僕らみたいな責任ある立場の人間がそういう環境を作ることが、社会の急務だと思う。そうすれば、日本はさまざまな面で本当に素晴らしい国になっていく。別に経済効果とかいう問題ではなくて、国全体の在り方の問題でもあるし、さまざまな人に優しくなるような共生社会を実現するためにも大切ですよね。

―― 日経DUALでは、「共働き・子育てしやすい街 調査」を続けています。九州でも各自治体で施策がなされていて昨年、北九州市がベスト3に入りました。佐賀県ではどんな取り組みをされているのでしょうか。

山口 佐賀県では「子育てし大(たい)県さがプロジェクト」と題して、さまざまな取り組みを展開しています。なぜこの名前にしたかというと、僕が現場を回っているときに、「知事、行政は子育てのために政策を出したよというけど、そうじゃなくて、私たちが子育ては大変だけど楽しいなと思わせるようにしてよ」という声をもらって思わず唸った。行政って、給付金を出しますとか施設整備をしますとか、こっちから目線になりがち。そうじゃなくて、子育てしている人たちが子育てしたいと思えるようになることが施策効果だとわかったんだよね。だから、行政目線ではなくて、子育てしている人たちが子育てしたいと思う県を目指しています。

―― なるほど、子育て「したい」県ですね。

山口 日本で初めてほぼ県内全域に子育てタクシーを導入したり、県内の約400か所に50冊くらい図書館の司書おすすめの児童書を置いたり。また、昨年度は、佐賀のり販売やいちご農家など佐賀ならではの本物に触れられる仕事体験を実施して、とても好評でした。

―― 佐賀県をあげて、子育てしやすい環境を整えていくのですね。

山口 そう、大きな売りにしたいと考えています。最近のある調査で、佐賀市は暮らしやすさ日本一になり、子育てしやすさは第3位でした。そんな感じで、少しずつ効果も出てきています。

―― 10月8日に福岡で開催される「WOMAN EXPO FUKUOKA 2017」では、「イクメンやワンオペ育児、夫婦または男性と女性の交渉術」をテーマにしたセッションで、タレントの眞鍋かをりさんと共に登壇いただきます。他では聞けない話が飛び出しそうですね。

山口 みんなが住みやすい社会を作っていくために、共感とネットワークを広げていきたいですね。女性の皆さんには、男性も一生懸命やっていくので、お互いに敬意を持ってやっていきましょうと伝えたい。夫婦で考えてみても、男性と女性はお互いにエールの送り合いができるかどうかにかかっている…と僕は50歳にして悟りました(笑)

―― ぜひ当日も、福岡に集まる女性たちに大きなエールを送ってください。よろしくお願いします。

(写真/長﨑辰一、文/佐々木恵美)

● WOMAN EXPO 2017福岡に集まれ!

日経DUAL連載で大人気の眞鍋かをりさんと
佐賀県知事・山口祥義知事が本音ぶっちゃけトーク!

 「イクメン、イクメンって世間は騒ぎすぎ? でもワンオペ育児は困る!
 女性にとって一生役立つ、男性との上手な交渉術もお伝えします」

 ↓事前申込はコチラから↓
 http://woman-expo.com/fukuoka/session/session-detail?m=1&eid=5

日時2017年10月8日(日)13:15~13:55 (無料トークショー)
場所福岡国際会議場
※WOMAN EXPO受付は、2階多目的ホール前
〒812-0032 福岡市博多区石城町2-1
出演眞鍋かをり、山口祥義(佐賀県知事)、羽生祥子(日経DUAL編集長)